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zoom RSS 血液型の話は神経を使うのだ

<<   作成日時 : 2013/10/15 06:33   >>

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血液型のハナシをすると、ひどく嫌がる人がいます。
輸血要員として確保されるのが心配、なのではありませんね。
「血液型占い」を嫌悪する、ということです。

そもそも血液型による性格診断や分類は、科学的にはまったく根拠がないものとされ、日本など一部の国や地域を除き、世界的には否定されているらしいですね。

血液型占いを嫌う人は、科学的な根拠がないことよりもむしろ、自分の性格に対する一方的な分析または決めつけがなされることが許せないように思えます。
人間の性格が4種類(A、B、AB、O)に分類されてたまるか!という憤りを聞いたことがありますが、4分類どころか2分類していることが多いのはどうしたことでしょうか?
明るい←→暗い、文系←→理系、スポーツマン←→運動音痴、好きなタイプ←→嫌いなタイプ、善人←→悪人、等々はどうしてくれるのでしょうか?

科学的な根拠がない、という点についていえば、「現代の科学で」という但し書きが必要でしょう。心霊現象や超能力に関しては、こうした但し書きが添えられるのに、血液型占いについてはまったく完全に頭から否定して踏みにじるという態度が見受けられます。

先日ご紹介した、札幌医科大のトウセ先生の著書「思わず誰かに話したくなる人体のはなし(當瀬規嗣)」でも、血液型占いを徹底的に否定した上に唾棄するような嫌悪感を滲ませていました。



そこまで嫌うこともないじゃないか、とは言い条、トウセ先生としては、血液型占いによる不当な差別が許せないのだそうです。
確かに血液型占いを根拠にして就職試験などで差別されることがあったらエライことではあります。

そういう不当な判断材料としてではなく、単なる話題としては面白いと思うのですけどね、血液型占いも。
うちの奥さんに言わせると「全身を巡っているものだから影響があっても不思議ではない」ということです。

まあ絶対的な判断材料とすることは避けるべきですが、統計的な傾向というものがあってもおかしくはないでしょう。
人間の性格が分類できないなら、性格というもの自体が形容しようのないものになります。
例外があるからある種の傾向が否定されるなら、県民性とか国民性というものも存在し得ないワケですし。

信じすぎず否定しすぎず。
相手が嫌がるようなら避ける、相手が信じているようなら相づちを打っておくくらいはしてもいいのではないかしらん?

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