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zoom RSS 映画「そして父になる」を観ました

<<   作成日時 : 2013/11/06 07:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 5

遅ればせながら、映画「そして父になる」を観ました。
すでに、多くのご覧になりブログに感想が書かれたりしております。

あさぎさんのブログ田舎おじさん様のブログにも紹介文が掲載されており、拙ブログで今さらの観はありますが、一応書き残しておこうかと。

さて、子どもの取り違えを扱った作品ではありますが、その主題は映画の題名通り「父になる」ということです。
切り口は「子どもの取り違え」であり、主題は「父になる」という男の物語。

母親は子どもを産んだという事実がある以上、間違いなく母親であります。たとえ本作のように、子どもの取り違えがあったとしても、出産したという事実は動かしようがありません。それに比べると、男性が父親になるという感覚は多分に観念的なものではないでしょうか?
それを端的に表しているのが、真木よう子の台詞でした。
「(子どもが親に)似ているとか似ていないを気にするのは、子どもと繋がっていない父親の考え方だ」
台詞を完全に覚えていたワケではないので不正確かもしれませんが、概略上述のようだったはずです。

劇中、登場人物の背景について多くは語られませんが、主人公の野々宮良多(福山雅治)については断片的な情報が提示され、その人生観と心境の変化が綴られていきます。
男はどうやって父になるのか?野々宮はどうやって父になったのか?
観客は、隙間をのぞき見るようにして知った野々宮の人生を通して彼に同化し、この問題にぶつかっていきます。
福山雅治に顔が似ている自分などは、特に同化が完璧だったと思います。映画が終わった後、他の観客からサインを求められなかったのが不思議なくらいです。

余談ですが、劇中でも「母親なのに自分の子どもが分からないのか?」という心ない問いかけがあります。
これは裁判を進める上での弁護士の戦略として発せられた言葉なのですが、多かれ少なかれ皆が抱く気持ちを拡大しているに過ぎません。
母親だから自分の子どもが分かる、というのは実に非論理的な考え方です。
そういう考え方をするなら、父親だって本能的に自分の子どもが分かって当然、といえないでしょうか?

アザラシやトドの群生して暮らす野生動物などは、親子が互いに自分の親と子を見分けますが、あれと人間は話が別ですからねえ。

とは言い条、その理屈を一番強く持っているのが母親自身である、という点が悲しみを拡げます。
抱き合って泣く、二人の母親(尾野真千子と真木よう子)の姿には涙を禁じ得ません。
(感情の動きとして、ですけどね。ホントに泣いたワケではない)

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
出ちゃっ太さん、こんにちは。
珍しいですね、映画を観るなんてー
で、どうでした?良多さんは果たして
父親になれたんでしょうか?
そして、子供達は交換されたんですか?
真木よう子は綺麗だったんですか?

あさぎ
2013/11/06 16:04
あさぎ さん>>
コメントありがとうございます。
あれ?貴君は観てませんでしたっけ?本だけ?本だとその辺りは不明?
(^^;
詳細は映画を観てね♪
おなら出ちゃっ太
2013/11/06 16:21
やったもー
あさぎ
2013/11/06 17:04
やったもーって?
おなら出ちゃっ太
2013/11/06 17:19
やったもー = 教えてくれないんだ!!
あさぎ
2013/11/07 12:45

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