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zoom RSS 若気の信仰

<<   作成日時 : 2015/04/23 08:07   >>

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先日、信仰というのは大変なことだ、と書きました。
それはアメリカのプロテスタントのことであり、どうも日本人はそれほどでもありません。

高校生のころ、何人かの友達がキリスト教にかぶれました。
信じたとか、信仰したというのではなく、どうみても「かぶれた」としか言いようがなかった。もちろん、今になって思って見れば、ということですけれども。

彼らは、別に洗礼を受けたのでも信仰告白をしたワケでもなく、もちろん年末調整も確定申告もしてはいなかった。ただ学校の近くにある教会に通って、いっぱしのクリスチャンを気取っていたようです。

それで人の顔を見れば、一緒に教会に行こうと盛んに誘うのですよ。

教会に通っていることが、何か特別なことであるという意気込みがハゲしくて、彼らの鼻の穴は膨らんでいました。自分たちは、キミタチとは違うんだよ、クリスチャンなんだよ、キリスト教の教会で神様のお話を聞いているんだよ、日曜学校に来るとお菓子をもらえるんだよ、教会のバザーにおいでよ云々。

鬱陶しいったらなかった!

高校は地元では進学校でしたから、生徒たちも妙にプライドが高いのですね。

キリスト教にかぶれたのは、成績上位グループの下位に属するタイプだったように思います。
学業では上位グループの上の連中にはかなわないまでも、キリスト教の威光を借りて自分を特別だと思いたかったのでしょう。
あるいはキリスト教ではなくともよかったのかも知れません。この年頃にはありがちなことです。

その証拠に、数年後に彼らに再会したおりに、
「キリスト教の教会には通っているのかね?」と尋ねると、連中は一様にいいました。
「ああ、あれはもういいんだ」
「いいんだって、何それ?」
「もう関係ないから」

一時的に熱中しただけで、若気の至りに今さら触れて欲しくないような口ぶりでした。

バチが当たっても知りませんよ。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
私も高校生の頃、かぶれていました。
カトリック系の学校だったので。
高校の科目に「宗教」という時間がありました。
そこで私は5段階評価の5を取っていました。
教室の黒板の上には十字架があり、週の初め
の朝には全校集会でミサが行われ、宗教の時間
では、お唱えのセリフ、ヌンクエティホーラ
モリトスノストレ、アーメンなどと言わせられ、
慈しみ深きを歌わされました。
私は首から十字架のネックレスをぶら下げ、
学生鞄の中には聖書が入っており、それは
それは敬虔な信者まがいのキリストかぶれ
であったのです。
あさぎ
2015/04/23 16:15
あさぎ さん>>
コメントありがとうございます。
貴兄も若ハゲの至りの時代があったのですね!
で、今はオジハゲなのですね。
お互いに毛がなくてよかったです!

おなら出ちゃっ太
2015/04/25 18:46
若気の時代はありましたけど、
若禿の時代はなかったですよ。怒!!!!!
あさぎ
2015/04/26 20:06
あさぎ さん>>
コメントありがとうございます。

苔の洞門…


おなら出ちゃっ太
2015/04/26 22:54
あさぎ さん>>
コメントありがとうございます。

苔の洞門では



おなら出ちゃっ太
2015/04/26 22:54

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