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文芸思潮エッセイコンテスト

2017/04/30 16:29
毎年、4月30日〆切りのエッセイ案件。
それが「文芸思潮エッセイコンテスト」です。

シカシナガラ。
今年は何故かお休みだそうです。

お休みはヨイのですが、その告知が web に掲載されたのが割と最近のような気がするのです。
四月の初め頃にはお知らせはなかったと思うんだけどなあ。
見落としていただけかしら?


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某社主催のこども文学賞結果発表

2017/04/29 17:33
結果発表を確かめるまでもなく、落選だと思っていたら案の定でした。
入選なら事前に連絡があるんですよね、こういうのって。

まあ落選で当然、という気もするのですが、もしかしたら入選するかも、という甘い機体も抱いておりました。そうでないと応募作なんて書けないですからね。

なかなかよく書けたぞ、と思う反面、分かりにくい、回りくどい部分も多かったと思う。この作品をベースに書き直してみるべきか、それとも過去のものとしてすっぱり捨て去るべきかが悩みどころ。

ともあれ結果が発表されるまでは期待もするわけです。
いわば夢を持ち続けている点で、ジャンボ宝くじを買って、元旦の新聞を楽しみにするのと似ていなくもない。
宝くじと違って掛け金がいらないし、自分の努力次第で夢の実現性を高めることもできるのが良いトコロです。
しかし困ったことに、ダメだった場合に宝くじなら「運が悪かった」と言い訳できますが、公募案件の場合は「自分の書いたモノが悪かった」のであり、言い訳が出来ません。


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いじめたりいじめられたり第二十六話・教師によるいじめ4

2017/04/28 12:31
これはハンサムで上品な中年紳士が被害者ではなく、見物していただけですが。
タテサカ事件と同じ中学で、ハヤシという国語教師が生徒にかなりひどい暴力を振るいました。

経緯はこうです。
ハヤシ先生には、かつらを装着しているといううわさがあった。それは「アデ○ンス」ではなかろうか、ということが生徒の間でまことしやかに語られていた。

あるクラスの授業が終わった後、男子生徒のひとり(バカでロクデナシ)が、よせばいいのに教室を出て行った先生の背中に向かって、
「アデ○〜ン〜ス〜♪」とコマーシャルソング風に揶揄したのです。
戸は閉まっていたのですが、それが先生には聞こえてしまった。
先生は引き返してきて、
「今言ったのは誰だ?」と激怒。
バカでろくでなしの男子生徒、サイトウというのですが、これがサルのようなチンピラ風でいかにも先生の受けが悪そうな奴でした。
先生はサイトウを殴り、髪の毛をつかんで引っ張りまわし、頭を黒板にぶつけて、ふらついたサイトウを立たせて殴り、怒鳴りつけたそうです。
その間、休み時間が終わるほどだったといいますから、十分近くは暴力が続いたのではないでしょうか。

休み時間でもあり、現場となった教室からは騒然とした雰囲気と物音が聞こえてきます。他のクラスの生徒も廊下から覗き見しないはずはありません。
ハンサムで上品な中年紳士に育つ前の美少年も物見高く剣舞部しましたとも。


その教室にいた女子生徒の中には、「サイトウが死んじゃう」と泣き出す娘もいたそうです。あのバカでロクデナシのサイトウが、先生に多少殴られたくらいで死ぬワケはありません。
死んだところでこっちは痛くも痒くもない。むしろせいせいするほどです。

だいたいそのサイトウは小学校の同級生で、このブログでも書いた美少年に対するイジメにもかかわっていた悪党です。ハヤシ先生、もっとやってやれ、と応援したくなるほどでした。実際、サイトウがなすすべもなく(当時はまだ先生に反抗して抵抗する生徒はいなかった)暴力にさらされているのを見て、良い気味だと思っていました。


自分をいじめた数学のタテサカは、タテサカと呼び捨てですが今回のハヤシ先生には先生とつけているのは、そういう理由です。

この件では、二つのことが強く印象に残りました。
ひとつは、サイトウは五分刈りくらいの短髪なのでした。ハヤシ先生は、よくぞそんな短い髪の毛をつかんで、というかつまんで引き回すような器用な真似をされたものだと感心します。やはり髪の毛に対する執着というか憎悪があったのかしら?

もうひとつは、サイトウが死ぬんじゃないかと泣いた女子の件です。
実は、紅顔の美少年はその女子生徒のことが好きだったのです。
だから「あんな奴のために泣くことないじゃないか」と焼餅とともに鼻白む思いがあったのでした。


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独身手当-給与明細でわかるトンデモ「公務員」の実態(若林亜紀)

2017/04/27 12:38
これまでにも何度か書いていますが、ハンサムで上品な中年紳士は甘木学園大学の出身です。在学中はクラシックギターアンサンブルというサークルに所属していました。

そのサークルの学生の大半は公務員になりました。
というと、人聞きがよく、ずいぶん優秀なように聞こえますが、実は違います。
およそ彼らは民間企業では働けない、あるいはまともな企業に就職することができない人間だったのです。もちろん、ここには自分自身、すなわちハンサムで上品な好青年(当時
)も含まれます。

ま、このサークルに限らず、甘木学園大学の学生の大半がそうでしたけどね。

ハンサムで上品な好青年も公務員試験は色々と受けましたが、全部一次試験で落ちました。一般教養も法学も経済もチンプンカンプンでしたから。バカですねー。

それに比べたら、試験に合格して公務員になった人は立派です。
もっとも今でいうブラック企業に就職したものの、一年もせずに「とても勤まらない!」と音を上げて、仕事をさぼってサークル室で勉強して後輩がしゃべっていると怒り出すようなT田先輩には感心できませんでしたが。
そもそもあいつは、建築学科を出ていたのにどうして衣料販売会社に就職したんだろう?
おそらくは大学受験時以上に苦労して勉強した結果、晴れてめでたく公務員になった連中の話を聞くと、
「仕事が楽だ」
「福利厚生が充実している」
などなど、仕事のやりがいではなくて、呑気に働いていることや、貧乏学生だったころには考えられないほど暖かい部屋で生活できることなど、待遇のよさの話ばかりでした。
やれやれ、せめて税金の無駄遣いだけはしないでもらいたいものです。


前置きが長くなりましたが、そういう公務員たちの待遇の実態を解き明かしてくれる本です。いしいひさいちの漫画が目当てで買ったのですが、思ったとおり本文は期待はずれ、でした。
公務員に支給されるさまざまな手当(煩雑なのでここには記載しない)を紹介してくれるのですが、よく調べたなあ、とは思うのですが、そこから先が欠けている。

公務員は恵まれている、こんな手当てを許していいのか、という論調では書いてあるのですが、どうもそれが心に響いてこないんですね。
「それがどうした?」というのか。
「だからって、どうしようもないんでしょ?」というのか。
( 世間的に非常識と思われる手当てが撤廃された例もあるのですけども )
情報の羅列というか、ゴシップの採集に終わってしまっているように感じました。

恵まれすぎている公務員の実態に対して、
「グヤジー(悔しい)」とか「ジギジョー!(畜生!)」とか、ショージ君のように歯軋りして地団駄を踏むような嫉妬心は沸いてきません。そんなに活力がないせいか。

もしかしたら自分自身が公務員のせがれだったため、すでに恩恵を十分に受けたからという自覚があるのかも知れません。





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いじめたりいじめられたり第二十五話・教師によるいじめ3

2017/04/26 08:15
中学時代も暴力教師がいました。
中学1年のときの数学教師です。
のタテサカというのですが、かなり気まぐれに暴力を振るっていたとしか思えません。
宿題を忘れた、という理由で生徒5〜6人を廊下に立たせ、女子も含めて往復ビンタを喰らわせたのです。そういうことを覚えているくらいですから、ハンサムで上品な中年紳士
に成長する前の紅顔の美少年も含まれていました。
忘れ物でビンタって、旧日本陸軍の内務班じゃないんだから。

他にも授業中に歯を見せて笑ったとか、タテサカがいった冗談を繰り返したという理由でビンタされた生徒もいました。
自分がふざけるのはよくて、生徒がふざけるのは一切許さない身勝手な教師でした。

仮に「お前たちも中学生なったんだからしっかりやれ!」という教育意図があったとしても、ビンタはひどい。やり方も感情的としか思えなかった。

ビンタ以外にも、生徒を無視したり黙殺したりもしました。
紅顔の美少年も、「簡単な問題なのに手を挙げなかった」という理由で無視されたことがありません。
タテサカが「これが分かる者は手を挙げよ」と言ったとき、あまりにも簡単な話だったので何か勘違いしたかな?と考えた一瞬のことです。
「お前、これが分からないのか? バカな○○でさえ手を挙げてるぞ?」と○○さんに失礼な口調で詰問してきました。
「いえ、分かります」と答え、「問いを思い違いしてないか一瞬考えたんです」という続きを言わせてもらえず、
「分かっているのに手を挙げないのは、俺の授業がバカバカしいということか? きっとそうだろう、そういう態度ならお前なんて無視してやるからなら」と宣言しました。
人の話を少しは聞け!と言ってやりたいところですが、こちらはまだ幼さの残る中学一年生の美少年です。返す言葉もありません。

実際、一ヶ月か二ヶ月、授業中に当てられることもなく、無視され続けました。

で、その後どうしたのか覚えていませんなあ。


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いじめたりいじめられたり第二十四話・教師によるいじめ2の4

2017/04/25 12:24
言葉によるイジメとマインドコントロールが得意だが良い面もあった先生の思い出話、さらに続く。もうやめよう。

この先生に物理的な暴力を一度だけ受けたことがある。
暴力、というのとは違うかも知れないが、結果としては立派な暴力でした。

体育の時間のことです。
ドッジボールの練習でもしていたのか、児童同士でボールを投げあっていました。
紅顔の美少年は疲れたのかボール遊びに飽きたのか、ボーっとしていたようです。
そこに先生が「ボンヤリするな!」と大声の叱責と供に、ボールを投げつけてきました。バレー用かバスケット用かドッジボール用かわかりませんが、美少年はまともに腹でボー
ルを受け止めました。いや、ボールが美少年の腹を直撃したのです!

ボールが当たった勢いで、肺の空気がすべて押し出された上、ショックで体が麻痺して息を吸うことができなくなりました。体育館の床に転がって、打ち捨てられた魚のように口を空けて苦しむことしかできませんでした。
痛かったかどうかすら覚えていません。とにかく、息ができなかったことだけを強烈に覚えています。
周囲にいた同級生たちは、美少年がふざけていると思ったのか、
「もう立ちなよ」
「もう分かったから」
「いつまでやってんの?」などと笑っています。
先生も「もう、いい加減にしろ!」と怒っていましたが、こっちは死にそうなんだ!

数分後、ようやくただ事ではないと気づいた先生がそばにやってきて、休んでいるようにいいました。あれは苦しかった。

家に帰って、風呂に入るときか寝るときか忘れましたが、シャツを脱いだら腹にボールの跡がクッキリと残っており、それを見た母が学校に電話して先生から謝罪があったようで
す。

これ以来、ボール遊びが大嫌いになったのです。
ボールは凶器です。
正しい遊び方云々以前に、少なくともドッジボールなんて野蛮な競技は法律で禁止しなさい。


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ディスコで「ロング・トレイン・ランニン」が?

2017/04/24 12:23

ドゥー・ビー・ブラザースの初期の名曲、「Long Train Runnin'」
「ロング・トレイン・ランニング」と覚えていたのですが、「ロング・トレイン・ランニン」、と「グ」を省略して表記するみたいですね。まあ現代も「Runnin'」なのですから、「グ」はナシで正解なのか。
グがないとつまらないのはカレーにしておきなさい、ということか。

で、「Long Train Runnin'」なのですが、酒井順子がディスコについて書いたエッセイにはたびたびこの曲名が登場します。
1973年発表の曲なのですが、サカイがディスコに通っていた80年代にも流行していたのか。だとするとトム・ジョンストンのオリジナルではなく、マイク・マクドナルドが歌ったライブバージョンなどかしら?

で、酒井順子によれば「ロング・トレイン・ランニン」がかかると踊っている人が特定の部分で「フゥ! フゥ!」と叫んでいたらしい。

若い頃から品行方正で友達がいなかったハンサムで上品な中年紳士、いや美青年はディスコに行ったことも足を踏み入れたことも紛れ込んだことも忍び込んだことも連れ込まれたこともありません。

いったい、ディスコでたむろしていた若者たちは、「ロング・トレイン・ランニング」のどこで「フゥ! フゥ!」と、餌をとられそうになった猫みたいに唱和していたのか不思議でたまりません。



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ズルい言葉(酒井順子)

2017/04/23 11:24
以前にも書きましたが、東日本大震災以降、酒井順子の書くものも変わりました。
たとえば、ここにご紹介する「ズルい言葉」です。

読んでいれば確かに面白いのですが、著者本人の言葉に対する感覚を羅列しただけ、という印象もあります。
自分の感覚や意見と近いモノには大いに得心して楽しめます。
一方で、ちょっとでも馴染みのない言葉や気分のズレがあると、「それがどうしたの?」で終わってしまう場合もあります。

文庫版は震災以降に書かれたものが足されているのですが、その内容は単に言葉遣いに対する感想、ではおさまりきれない含蓄があります。

「一定の」という言葉に対する考察は必読。




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ロールバーン(Rollbahn)の使い途

2017/04/22 12:47
ほぼ衝動的に選択したロールバーン(Rollbahn)ノートの使い途ですが。

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いつもコメントを下さる海 さんがモレスキンに歌詞を書き付けているのを真似たいのです。

ハンサムで上品な中年紳士の場合、ビートルズの歌詞を書き写すのに使う予定です。
ビートルズを聴いていても、なかなか歌詞を全編にわたって聴き取るのは大変ですし、覚えようと思うともっと大変です。
歌詞集の本もありますが、最近出版された歌詞集は3,456円とか5,400円とかしますから買うのは困難、というよりは不可能です。
おまけに、それらは大版で重い本ですから、それを持ち歩くとなるとビートルズの歌詞を読むためというよりもむしろ、筋力トレーニングの様相を呈してきます。

従って、ノートに書き写して手製の歌詞集を作るよりありません。
ビートルズの公式発表曲は213曲(210曲とか278曲とか諸説ありますが)。
それを全部ノートに書き写すとなると、なんというかもはや写経のようです。

さて、どの曲から写経しようか。



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ロールバーン(Rollbahn)のノートを買いました

2017/04/21 19:06
先日、札幌の文房具店・セントラル大丸藤井を行った際、小さめのノートを購入しました。まあ衝動買いみたいなものですが、前々から小型のノートか手帳が欲しかったのです。あ、この場合の「ノート」は紙のノートであり、「ノートパソコン」ではありません。

で、お店に行ってみるとロールバーン(Rollbahn)のノートがありました。
ロールバーン(Rollbahn)といえば、だいぶ昔にリングノートを使っていました。

最近ではメモ帳は野帳です。ロールバーン(Rollbahn)とはご無沙汰しています。

ところが、懐かしいロールバーン(Rollbahn)の文字が普通のフラットなノートを見つけた瞬間、「欲しかったのはコレダ!」と確信してしまったのです。

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中身はロールバーン(Rollbahn)リングノートと同じく、黄色というかクリーム色というかベージュというか、黄色っぽい方眼です。

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サイズは2種類あって迷ったのですが、結局B6サイズ(200円)とA6サイズ(180円)の両方を買ってしまいました。なんて太っ腹な買い物でしょう!
メタボリック寸前の腹囲を誇るハンサムで上品な中年紳士ならでは買い物です。

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何故、「前々から小型のノートが欲しかった」のか?
このロールバーン(Rollbahn)ノートを何に使うつもりなのか?





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春先の人々

2017/04/20 17:42
全国的にいえば、
「季節はすでに春から初夏に向かっている」というトコロかしら?
しかしここ北海道では、まだまだ冬のように寒い日もあります。
たとえば札幌では、今朝の出勤時の気温は4.4度。

まあそれでも春先には違いありません。
春先というのは、ある種の人々にとっては辛いシーズンです。
花粉症の人とか毎年懲りずに浪人や留年を繰り返している人とか。

中には春先になると精神的に不安定になる人もいます。
勤め先に、そういう人がいました。
3月ころから遅刻や無断欠勤が目立ち始めるんです。

自宅に様子を見に行くと、本人はおらず奥さんがいました。
本人はパチンコにでかけていたそうです。
会社には行けなくとも、パチンコには行けたんですね。

奥さんにお話を色々と聞いているうちに、
なぜだか雰囲気がおかしくなった。
二人の座る距離がいつの間にか縮まっていたんです。
奥さんが間合いを詰めてきたんですね。

いたたまれなくて、すぐに辞去しました。
「旦那さんを探しに行きますね、パチンコ屋にいるかな?」
なんて。

奥さんには別に変なつもりはなかったと思います。
心細いような、情けないような気分で誰かに頼りたかったのか。

まあ、どっちにせよ。
「黄昏☆ミ群じゃないんだから」って突っ込まれそうなハナシ。
(^_^;

ちなみに、その人は退職しました。
春先の症状が出るようになって3年目でした。
毎年同じことを繰り返していましたからね。

この人は倦怠感で気力がなくなる症状が出るタイプだったようです。
中には倦怠感のせいで言動が粗暴になったりする人もいるのかな。
半ば捨て鉢な態度や言動、と言ったほうが正確かしら。

そういえば、退職した人も、パチンコ屋に迎えに行った時、
「うるせぇなあ、ほっとけよ!」と中学生みたいに怒り出した。
当時、三十代半ばだったというのに。

春先に精神的に不調をきたす人たち。
身近にそういう人がいたら、何ができるかなあ。

ま、そっと見守るか見過ごすか黙殺するよりありませんか。
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いじめたりいじめられたり第二十二話・教師によるいじめ2の2

2017/04/19 20:06
前回ご紹介したイヤミな先生の思い出話、続きです。
この先生は直接的に力による体罰は使わないのですが、間接的には体罰を加えていたといえるでしょう。

児童自身の手によって、自らに体罰を加えさせるのです。
「自分でゲンコツしろ!」といって、自らの頭を叩かせる。
また、「耳パチンコ」といって、自分の耳たぶを指で弾かせる。寒い時期には痛い!

そして「精神棒」。これは黒板に置いた三十センチの竹製定規で、自分で自分の腿を叩かせるのです。
これだけは道具を用いるのですが、誰のものでもない(たぶん、先生が用意したのだろうけど)定規で、教室の前まで来て叩かせるという点にもポイントがあったのでしょう。誰のものでもない定規で叩くことで、処罰的な色彩が薄れて、「バチあたった」ような印象を受けます。
教室の前で行うことで、見せしめ効果もありますので、よりいっそう「バチが当たった」という印象が強まります。

こうなって来ると、マインドコントロールが行われていた風でもあります。
実際、自分に対する体罰を加えさせる場合、誰かひとりの行いに対して「連帯責任を取らせる」という名目で全員等しく自分にゲンコツや耳パチンコをさせました。

連帯責任の原因になった児童にとっては、教室が針のムシロです。

連帯責任で、掃除当番以外も全員が放課後の掃除に駆り出されることもありました。
そういう時、熱心に掃除をしていた児童に対しては、
「はい、○○くん、さようなら、帰っていいです」と褒美を与えることも忘れません。
まさにマインドコントロールの教室でした。



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北海道新聞に投稿が掲載されました

2017/04/19 08:17
某地方ブロック紙に投稿した拙文が掲載されました。

あ、「某地方ブロック紙」なんて書かずに北海道新聞でいいですよね。
何月何日の掲載、としているワケじゃないんですから。

今日の新聞を見ても載ってませんよ♪


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「信じられる」とか「やると思った」とか

2017/04/18 21:44
小林まこと作「格闘探偵団」(1・2の三四郎の第三部)にあるお気に入りです。
主人公の東三四郎は、色々とあってプロレスラーをやめて私立探偵になった。
そしてある殺人事件の容疑者とされるのですが、新聞に寄せた知人のコメントがタイトル通り。

普通なら「(あの人が罪を犯すなんて)信じられない」となるべきところが、
「信じられる」
普通なら「(あの人は)そんなことをする人じゃない」となるべきところが、
「やると思った」

笑ってしまいました。
ま、最近は笑っていられない、シャレにならない事件が多いのですが。
安易に人を信じてはいけません。
また無闇に人を疑ってもいけません。





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いじめたりいじめられたり第二十一話・教師によるいじめ2

2017/04/18 12:20
前回ご紹介した先生は、いじめというよりも「行き過ぎた体罰の暴力教師」でしたね。
二年生を終えた後、三年生と四年生の担任だった先生は暴力は使いません。
ですが、イヤミで贔屓で意地悪でいじめ体質の人でした。

実際に、
「先生は言葉で泣かすのが得意だぞ」というのが口癖でした。
授業中、指名されても答えられない児童に対して、
「あー、困ったなあ、答えられないんだー」
「さあ、だんだん辛くなってきたなあ」
「どうやら曇ってきたぞ、もうすぐ雨が降りそうだなあ」
等々、児童の顔をのぞき込みながら言うのです。
説明するまでもありませんが、曇ってきたのは児童の表情であり、雨が降りそうというのは涙が出てくることです。

そういうことを執拗に執拗に繰り返す粘着質の先生でした。
あくまでも「暴力=体罰は、やっていない」と言い張るんですから、イヤな人です。

もっともハンサムで上品な中年紳士に成長する前の美少年は、どちらかというと贔屓されていた方なので、当時は悪い先生とは思っていなかったのがオソロシイところです。

まあ調子に乗った発言をして、何度か泣かされましたけどね。


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いじめたりいじめられたり第二十話・教師によるいじめ

2017/04/17 18:06
学校の先生だって人間です。今のところは。
将来は人材不足や人件費の節約のために、AIを搭載したロボットが先生にならないとは限りませんけども。

ロボット先生のハナシではありません。

先生とは言い条、人間である以上、生徒に対して好悪の感情があっても仕方ありません。それを表に出さないようにすべきであることはもちろんですが、内心の感情はどうにもなりませんから。

それを表に出したり爆発させたり、ということは時たまありました。

小学校二年生のとき、担任の先生はひどくオソロシイ先生でした。
ハンサムで上品な中年紳士が小学二年のころは、今とは違って優等生でしたので、その先生に叱られることはありませんでしたが。

勉強ができない子や、素行のよくない子は、容赦なく叱られ怒鳴られ怒られて体罰を受けていました。体罰というか、相当な暴力でしたよ。
サタケという児童を立たせて怒鳴りつけて頭を叩き、しかもその頭を手で押して壁にぶつけていました。何度も何度も、です。
さらに驚いたことに、それが参観日に訪れた母親たちの眼前で行われたのです。

見方によっては、裏表のない態度と言えなくもありませんけれども。
サタケの母親も来ていたはずですが、どういう気持ちで参観していたのでしょうか。





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エクセルの年号変換

2017/04/16 18:38
通常、エクセルに日付を入力する際、「4/1」形式で入力すると、その年の4月1日に変換されます。
西暦での表示形式にして試してみてください。
まあ、試すまでもない常識なのですが。

トコロデ。
年を指定したい場合は、「16/4/1」などと入力します。
「2016/4/1」としなくとも、下二桁だけできちんと西暦に変換されます。

さて、東京オリンピックが開催されるのは2020年です。
「20/4/1」で2020年4月1日と変換されます。

その25年後の予定を入力するとしましょう。
予定がなくとも強引にそういうハナシにします。

「45/4/1」と入力すると、「2045年4月1日」と表示されるでしょうか。
これが違うんですねー。
「1945年4月1日」と変換されます。

ある程度先の年を入れると、過去に遡ってしまうとは面白い現象です。
では、どれくらい先の年から過去に変換されるのかしら?

順番に試していきます。
「18/4/1」、「19/4/1」という具合にだんだん先の予定を作っていくと。

「29/4/1」までは2029年です。
シカシナガラ。
「30/4/1」は1930年に変換されました。
13年以上先は過去になるのかしら?

エクセルのバージョンによっても違うのかも知れませんが。
ちなみに、ハンサムで上品な中年紳士が試したのはエクセル2013です。

さあ、皆さんも試してみましょう!
できたら2013以外のエクセルでの結果を聞きたいところです。

エクセルのオプションで設定できるのかも知れませんが、これがデフォルトの状態なら、13年目から過去に変換される理由が気になります。

2の○乗と日数の関係なのか、干支が一回りする関係なのか。


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ガン入院オロオロ日記(東海林さだお)

2017/04/15 18:43
東海林さだおさんといえば、週刊文春に連載されている「タンマ君」を立ち読みするのが楽しみなのですが。昨年だったか一昨年だったか、休載が続いたことがありました。
本書によれば「肝細胞ガンの手術のために40日の入院」があったそうですから、その時期のことなのでしょう。

表紙からして、ガンで入院手術した経緯を記したとは思えない脱力ぶりです。文章も相変わらずの冷静さとのんきさに溢れていて、これからガンにかかったりガンの手術をする人をして「何だ、簡単じゃないか」と思わせてくれます。

入院中、東海林氏が注目したのが入院患者のパジャマ姿がみすぼらしいことと、どこに行くにもついてくるイルリガートルです。
まあイルリガートルと言ってもたいがいの方はご存じないでしょうが、入院患者に繋がる心電図や点滴、尿を集めるバッグ、プリンタやスキャナ、酸素ボンベ、スイッチングハブを載せておく台のことです。
入院患者がトイレや売店に行くとき、必ずつれて歩く秘書のような存在だそうです。

そうしたものを見聞きして、ガンで入院しているというのに「なんだか面白くなってきたぞ」という東海林さだお魂全開の一冊。もちろん、東海林さだおは全快した上での執筆でしょうね。






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公募案件への応募作の書き方・自分の得意分野を知る

2017/04/14 18:01
「敵を知り自分を知れば戦いに有利だけど勝負は時の運だよね、負けるが勝ちともいうし」
という格言があります。
公募案件も、自分の得意なこと、好きなことを知れば作文の上でも有利でしょう。
もちろん、キライなこと、苦手なことも。
それぞれをリストアップしてみると面白い発見があるかも。

◎得意なもの(ひと様との比較ではなく、自分でそう思えるもの)

・文章を書くこと
・ギターの演奏
・家庭菜園
・花壇や畑のいわゆる害虫駆除

そして「パソコン操作」、というと具体性に欠けますので
・キーボードからの日本語入力
・エクセルを使った様々な処理
・インターネットによる情報検索
・必要に応じてツールプログラムを組み合わせてやりたいことができる


◎好きな物

・コーヒー
・ケーキなどの洋菓子
・お団子などの和菓子
・チョコレート
・喫茶店やカフェ
・星空
・雪景色
・犬(柴犬、日本犬の雑種)
・小さな生き物(昆虫以外)
・昆虫類
・水辺(池、沼、川、海)
・ナイフ
・テキストエディタ
・スケジュール管理やカレンダーのフリーソフト
・拳銃(モデルガンやエアガンです)
・家庭菜園
・ジンギスカン
・丸い顔のかわいらしい女性
・ハンサムな男性
・幕末から明治にかけての日本
・西部劇
・飛行機
・ぬいぐるみ

いやあ、けっこうあるもんです。
カワイイものが好きかと思えば、ナイフや銃などシャープなものも好む。
二面性はあるが、どっちかと言えばカワイイものが好き。


×嫌いな物

・携帯電話
・酒飲み
・タバコ
・スポーツ
・自家用車
・ヨサコイソーラン
・いわゆるヤンキーと呼ばれる人たち
・カラオケ
・ゴルフ
・政治家
・団体行動
・日本の男性歌手のほとんど大半
・ジャージやスエットなどの運動着を普段着にすること
・小さい犬(チワワなど。踏み潰してやりたい、といいながら、目の前に来るとカワイイのもいて困る)
・ナメクジ(衛生管理の問題だな)
・オリンピックや特定競技のワールドカップなどの大会の応援を押し付けるムード
・高校野球の結果をニュースで報道すること
・台詞が大阪弁で書かれた小説や童話
・いわゆる"グルメ"を扱ったテレビ番組や漫画
・店員が黒いTシャツやバンダナを着用しているラーメン屋
・百円ショップ
・格安で牛丼などを提供する店
・格安の理髪店


どうも、大多数の他の人が好きだというものがキライ、な傾向があるようです。
『大多数』そのものが嫌いなのかも知れません。
ヤンキーとかスポーツとか政治家とかヨサコイソーランは団体様から発祥しますからね。

別に皮肉屋を気取って、人と反対のことを言っているのではないのですが、生来のヘソマガリなのでしょう。
『大多数の人が好きなものがキライ』なのでは、大多数の人に好まれるようなものは作れませんね。
ただ、大多数の人に受け入れてもらうために、あえて自分の趣味を変えるということはしたくありません。

しようとしてもできませんけども。



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魂のラリアット(スタン・ハンセン)

2017/04/13 19:37
スタン・ハンセンというプロレスラーを知ったのは、大学生のころでした。あまりプロレスを観ていなかったですが、ジャズギタリストの渡辺香津美が「パワフル」の比喩として
多用していたのを雑誌で読み、興味を持ちました。全日本プロレスにテレビのチャンネルを合わせると!
まるで鉄人28号のように暴れまくり、いくら暴れてもいささかのスタミナ切れも感じさせない金髪のレスラーがいました。一目見て、スタン・ハンセンのファンになったことは
いうまでもありません。

本書は、その不沈鑑、ブレーキが壊れたダンプカー、金髪の鉄人28号(これはハンサムで上品な中年紳士が命名)であるスタン・ハンセンが著した自伝です。
おおかた、ゴーストライターによる聞き書きだろうと思ったのですが、冒頭から「私をワープロの前から離れさせない」という記述があり、エピローグには「出版社にディスケッ
ト(フロッピーディスクのこと)を送った」とも書かれています。本当にハンセンが書いたのかしら? 
あの大きな体をワープロの前で屈めているハンセンを想像すると微笑ましいのですが。
まあ原稿は書いたとしても、構成はライターの手によるものでしょう。移民である祖父がやってきたのは「帆船(ハンセン!)
に乗って」というダジャレは、間違いなく日本人のものでしょう。

前置きが長くなりましたが、全体的にお金の話が多いです。何しろハンセンがプロレスラーになったのは、プロフットボール選手になれなかったため。中学校の教師兼フットボー
ルコーチの職にありついたものの、あまりの給与の低さに愕然とする。
そこにドリー・ファンク・シニアから誘いがあり、渡りに船とばかりにプロレスの世界に飛び込む。その後も、給料、つまりはギャラの問題で頭を悩ませる様子がたっぷりと描か
れています。
ギャラの額も細かく記載されており、意外に几帳面なんだな、という印象です。いかにもアメリカ人的なビジネス感覚ともとれますが、収入がないことには生きられません。
世話になったジャイアント馬場や親友ブルーザー・ブロディとの思い出話もたくさんあるのですが、通奏低音として流れているのは、あくまでもギャラ。

ギャラは生活の糧であると同時に、トップレスラーとしての矜持、プライドに係わる問題でもあるのです。とは言い条、お金を稼ぐよりも大切なこともあり、一見すると好条件の
ギャラが支払われるようでいて、長い目で見るとそうは稼げないというシステムもあったり。プロレスの本というよりも、仕事をして稼ぎ生きるための知恵の本、処世術の本とい
う感じもしてきます。

この辺は、「夢を追うことが大切」「夢は必ずかなう」「夢で小便をすると寝小便をするものです」といった論調ばかりが猖獗する日本のアスリートが書く駄本とは一線を画すも
のがあります。

夢よりもギャラですよ。





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のうほんず(またはほんずなし)

2017/04/12 12:22
秋田弁だと思ったのですが、「のうほんず」とか「ほんずなし」という言葉があります。浅はかな、とか愚かな、という意味です。
北海道弁でいうと、はんかくさい、に相当するのかな?
富山弁だと、だらけ、か。

前回のブログ記事で取り上げた、野放図にも似ていますが。
ほんずとは、正気、の意味。
ほんずなし、は正気がない、まともじゃないという意味ですね。

のうほんずは、もしかしたらNOほんず、なのかしら?
秋田弁って英語が混じってるのかしら?



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野放図

2017/04/11 22:18
言葉の端はしに「〜のほう」ってつける人が多いですね。
口癖なのでしょうが、どうもキライです。

こういう話し方を放っておくことを、「野放図」といいます。
( いいません! )




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ふくろうがいる職場

2017/04/10 12:28
社内会議の際にイライラしてしまうのです。
発言者の女性は、とても仕事ができる頭のよい方なのですが、会議での発言がどうもスマートではありません。

「それでは、資料のほう、私のほうから、説明のほうをさせていただきます」
「グラフのほう、ご確認のほう、お願いします」
「予算のほう、集計結果のほうとなっております」

万事こんな感じ。「〜のほう、〜のほう」って、ふくろうじゃないんだからホウホウ言うんじゃない!

とは言い条、仕事(のほう)ではこちらがお世話(のほう)になっている(ほう)ので苦情(のほう)もいえません。

職場にふくろうが出るとは思いませんでした。




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クロッカスの写真を撮りました

2017/04/09 16:41
庭の雪が融けたと思ったら、クロッカスが咲きました。
本当に、「雪が融けたと思った」ら、もう咲いている感じ。
雪の下で準備万端していたんでしょうね。

narkejp さんのブログに掲載されていたような写真を撮ろうと思ったのですが。
外に持ち出せるような人形がなかった。(^_^;

画像


もちろんカメラはFujifilmのデジタルカメラ、XQ1 です。一応は奥のクロッカスをぼかすことには成功したものの、何か物足りない印象です。



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地震と独身(酒井順子)

2017/04/09 14:58
東日本大震災以降、作風がやや変わった酒井順子ですが。
この「地震と独身」は、特にこれまでにない執筆形態です。震災の際、独身者たちがどうしたか、の実録ルポという、従来の酒井順子にはなかったスタイルなのです。

取材対象が独身者なのは、酒井順子自信が独身者であり、両親も他界して係累が少ない身の上だから、でしょう。

震災当時、愛する家族を失った人々がクローズアップされました。特にお子さんを亡くされた方の姿は、多くの人の涙を誘ったはずです。
では、子どもや配偶者を持たない独身者はどうだったのか? というのが酒井順子が抱いた疑問です。

「愛する家族」がいなかった独身者や、被災しても誰からも気にかけられなかった独身者もいたのではないか。彼らにはどうしてもマスコミの目が向きません。当然、マスコミを通す以外に、なかなか被災者の状況を知りえない一般人の意識も向きにくい。

「そこを知りたい、記録したい、伝えたい」という気持ちが酒井順子の心に芽生えたのでしょう。
自身の震災体験からスタートして、そのとき独身者はどうしたのか、を克明に追いかけて記録した渾身の一冊です。
被災地の独身者といっても、色々な人がいます。
家族が心配で職場にとどまれなかった人に代わって働きに働いた独身者、原発事故の後で遠くに避難した独身者、親の仕事を継いだ独身者。本当に色々です。

そして本書の印税は、すべて被災地に寄付されたそうです。





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もう、忘れたの?(酒井順子)

2017/04/08 12:32
酒井順子が書くものは、東日本大震災以降、少し変わりました。
もちろん酒井順子以外の書き手たちも、あの震災の影響を受けないはずはないでしょう。彼女について、特にそう感じたまでです。どこがどう変わったのか、というとそれはまた明らかにしにくいのですが。
(「そんなに変わった?」という著書もありましたね)

特にこのエッセイ集は、震災直後に書かれたものもあり、被災者ではない酒井順子の周辺でも明らかな変化が起きていた、ということが分かります。
直接的な被害はないまでも、あの大震災はこの国で暮らす人間にとって、忘れがたい消し去りがたい影を落としているはずです。

とは言い条、忘れっぽいのが人の常。まあ忘れなければやってられない、という事情もあるのですが。

巻末に収録された清水ミチコとの対談を含めて、未曾有の災害すら、「もう、忘れたの?」と問いかけてくる一冊です。



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公募案件への応募作の書き方・爪は切っておく

2017/04/07 12:36
今時は、公募や新聞雑誌投稿の文章を書くのに、手書きという方は少数派だと思います。手書きは手書きのよさがあります。
パソコンがいらないとか電気代がかからないとか。

パソコンで文章を書く場合、特にある程度の長さのあるものを書く場合、入力環境を快適にすることも大切です。
テキストエディタの設定などもそうですが、肉体的な条件も、です。

小説家の村上春樹氏が言ってました。
歯が痛かったら執筆どころではない、と。

健康体であることももちろんですが、パソコンのキーを叩く指先に不快感があっても面白くありません。
爪は短く切っておいたほうが、打鍵の際に爪が当たる不快感を味合わずに済みます。
個人的には、深爪気味に切ります。
かなり深爪らしく、奥さんや娘には「切りすぎでしょ!」と叱られます。




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新しい遊び

2017/04/06 00:12
先日、公募ガイドのサイトを眺めていたら物々訓の紹介が出ていました。
「物々訓」とは耳慣れない言葉ですが、「ある物が言葉を話せたら、どんなことを言うだろうか」と考えてみることです。
「訓」の字が入っているのは、その言葉に何か教訓的な意味をこめるからです。
「物」が愚痴をいうというスタイルではなく、何か心に響くことを語るのですね。

で、「物々」の読み方は、「ブツブツ」です。
どうも「ブツブツ言う」のイメージを重ねている、ような気がする。

トモアレ。
普段は考えない発想でモノを考えるのによさそうです。
命のない物が言葉を話す、っていうのも童話的発想に効きそうですし。
ただ、「教訓めいたこと」っていうのが、ちょっと鬱陶しいけども。



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いじめたりいじめられたり第十九話(自身のいじめ体質)

2017/04/05 12:23
「いじめ」に関する話題を書き続けてきました。
自分でも気づいていますが、いじめられた件、つまり自分が被害者の場合は割と書きやすいのですが、自身が加害者となって人をいじめた件については、なかなか書きにくいものです。

これまでの人生、総じて「いじめられる側」であったことが多いことが分かりました。
ですがそれは、自分が弱いからいじめっ子に狙われたというだけのことです。
隙があれば、誰かをいじめることを躊躇していませんでしたから。

自分の中に、弱いモノをいじめたい、いじめたら気分がいい、という感情は確実にあります。ハッキリと自覚しています。

小さい頃、誰でもお人形遊びをしたことがあると思います。
ハンサムで上品な中年紳士は幼少のころ、お人形の中に「いじめられっ子」を決めて遊んでいた記憶があります。
人形に役割を与える場合、「いじめられっ子」の人形に損な役回りを与えて遊ぶのです。
まあそうは言っても自分の持ち物なので、そうひどい目に遭わせるワケではありませんけれども。
「贔屓」という言葉がありますが、「負の贔屓」といえばヨイでしょうか。
別にそのお人形やオモチャがいらないワケではないのです。むしろ、愛着はあったりします。それなのに遊ぶときに冷たくしたい、ぞんざいに扱いたいという感情を抑えきれませんでした。

そうやっていじめておいて、後から可哀相になったりして。
人の気持ちは複雑なものです。
これって、サディズムなのでしょうか?


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公募案件への応募作の書き方・創作者のブログを読む

2017/04/04 00:19
「創作者のブログ」という言葉が適切かどうか。
ここでいう創作者とは、プロの作家ではなく、公募案件へ応募する作品を書いてらっしゃる方、という意味です。

公募ファンとか、公募マニア、では意味が違ってくるような気がしますし。
プロの作家がブログに書くのは、本の宣伝くらいですからね。とは言い条、プロの作家のブログって、一部の「ライターさん」のブログくらいしか読んだことないですけど。

さて創作者のブログですが、色々なタイプがあります。
応募作を書き上げました、なかなか書けませんといった近況報告のみの方もいらっしゃれば、創作に関する考察をアップしている方もいらっしゃいます。

前者を日常型と呼ぶなら、後者は考察型もしくはノウハウ型といいましょうか。
読んでいて面白く参考になるのは、もちろん後者のブログです。

特に参考になるブログがあります。そのブログの書き手さんは、いくつもの公募で受賞されている方です。
ある作品に添えられていたプロフィールを拝見すると、どうやら理系の勉強をされていたようです。
そういえばブログに書かれている本の感想や、こういう風に書いたらどうか、という考え方が分析的で理系的なのです。

「数学ができないから文系を選んだ」中年紳士には、とうてい及びもつかない緻密な分析です。ただただ「ナルホドナルホド」と参考にさせていただいております。
実際、その方の分析手法を元に応募作を書き上げたこともあるほどです。
( それで入賞したら、ナニガシカのお礼をしなくては )

何でもかんでも理系と文系に分けることはナンセンスと思いますが、事象を丹念に分析してあれこれ考えるのは理系的なセンスなんだなあと。
そういえば、その方のブログで以前、ご自宅の軒先に蜂が巣を作った件の顛末が書かれていました。妙に覚めたその筆致は、理系の目を通したものだったようです。

もちろん、その方は文章教室を運営しているワケではありません。
ですから全部が考察的な内容とは限りませんが、蜂の一件のように、日常を語っても面白いものを書いてらっしゃいます。
前述の蜂の巣の一件などは、まさにその好例であります。まったくもって、「さすが!」としか申し上げようがないです。

残念なことに、あまり多くの方に読まれたくないブログらしく(それをブログという形で公開しているのが不思議なのですが)、リンクやコメントなども遠慮したほうがよい、とのことです。

「あんたに読ませるブログではないよ」と、
ブログ主のお知り合いから叱責をいただいたこともあるので慎重な対応が必要ですねー。
お礼もままならぬ!


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ブログ記事では字下げしてません

2017/04/03 12:25
通常、文章を書くときの注意点として、書き始めは一文字空けるとされています。いわゆる「字下げ」というものですね。
段落が変わったら、また「字下げ」する。どこからどこまでが一段落なのかが、一目瞭然になるという利点があります。

小学校でも教わることですが、これはあくまでひとつの約束事であり、絶対というものではありません。

これは個人の好みですが、ブログなどのWEBサイトに掲載する文章は、字下げよりも改行を使って段落を分けたほうが見やすいです。
字下げもして改行も使って、なら完璧、かも知れない。

でも、字下げは使ってません。
ブラウザの設定はそれぞれ違っています。
プロポーショナルフォントによる表示が設定されていると、全角で一文字空けても微妙な隙間になっちゃうんじゃないか、という気がするからです。

ブログ記事などパソコン画面で読む場合は、2〜5行でひとつのパラグラフを作るようにするのが一番読みやすいと思います。


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いじめたり【いじめられたり】第十八話

2017/04/02 16:40
最初の勤めを辞めた後、新聞社の子会社である広告代理店に入社しました。
広告代理店なんていうとオシャレで素敵で給料が高いイメージがありますが、実態はまったくカケハナレタものでした。

給料は安く、社員は8名くらいでまともな社会人らしい人は皆無、仕事は新聞に掲載する名刺広告集めというものでした。

名刺広告というのは、元日の新聞などによくある年賀広告が代表的な事例です。
企業や経営者名で、「新年のお喜び申し上げます」みたいな、あまり意味のない「広告」です。
まったく無駄に新聞を重くしたり、貴重な森林資源を無駄にするだけの「広告」でした。

もちろん年賀広告だけでは商売になりません。
そこで色々と理由をつけては名刺広告を企画してお金を募るのです。
まあ半分は詐欺みたいなもので、残りの半分はたかりみたいなものです。
もちろん採用面接の時は、そういう説明はされませんでしたけどね。

その会社の営業部長というのは、大変な威張り屋で、いつも部下を恫喝していました。
まあ社員が十人もいないところでの営業部長ですから、恫喝する部下も限られています。中途採用の新人で一番若いハンサムで上品な青年サラリーマンは、しょっちゅう怒鳴られていました。

「てめえ、このやろう、オレの言うことがきけないのか」とか、
「大学出たくせに契約も取れねえのか」とか、無理無体と無茶と非常識がミックスされた暴言の嵐でした。

機嫌のいいときは、飼っている犬のハナシとか、唯一の趣味である囲碁将棋のハナシなどしているんですけどね。

元々、中卒で新聞社の「ボウヤ」に採用された人だったらしく、新聞社広告部の人には完全にバカにされていました。
そういうコンプレックスを部下にぶつけていたのでしょうけども、とっても同情する気にはなれませんでした。

他にも色々とバカバカしいことが多く、一年半くらいで辞めました。

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今日からスマートフォンユーザーになりました

2017/04/01 19:54
今日、スマートフォンを買ってきました。

これからはスマートフォンを十分に使いこなして生きていきます。
ラインやツイッターにもどんどん投稿してコメントがつけば間髪を入れずすかさずレスポンスをつけます。

スマートフォンの機種はギブソンのハミングバードです。OSは Linux ディストリビューションでも軽快なことで知られる Onara Linux 14.05 を入れました。


ところで今日は何月何日でしたでしょうか?





記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 3


いじめたりいじめられたり第十七話

2017/04/01 10:59
頃日、パワーハラスメント、なんていい方で上司が部下をいたぶる事例が報告されています。こうした嫌がらせ、イジメ行為が堂々と告発されるのは、よい傾向だと思います。
ま、何でもかんでもパワハラにしてしまっては、職場での指導もできず、業務上の統制が取れなくなる危惧もありますが。

ハンサムで上品な中年紳士が最初に勤めた会社では、特段にパワハラとかイジメはなかったように思います。
むしろロクでもない若手社員がいて、得意先の接待旅行の酒席だというのに座ったまま動かないのがいました。
お酌のひとつもせずに、じーっと座ったまま面白くなさそうにしています。

そのうち、課長がやって来て、
「頼むから、お酌してくれ」と言いましたが、曖昧に返事をするばかりです。

仕舞いには得意先の人がやってきてお酌をしつつ、
「こういう席は苦手なのかな?」と優しく尋ねると、
「つまらないですね、早く寝たいです」と取り付く島もない返事。

こいつ、バカじゃないかと思います。
皆さんもそう思うでしょ?

そいつは大バカの役立たずのすっとこどっこいのハンサムで上品な青年でした。
これはもう、上司によるパワハラではなく、部下の怠慢タイプのイヤガラセとしか言いようがありません。
勤めて二年で退職勧奨のような転勤の打診を受けたのは、そういう事情があったのです。



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