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いじめたり【いじめられたり】第十六話

2017/03/29 08:08
これまでのいじめは、小中学校が舞台でした。
学校にいる間は嫌な思いもしますが、一応は先生という安全弁がありました。
あまりあてにはならない安全弁ですが、ないよりはマシでしょう。

学校を卒業してしまうと、この安全弁がないのです。
そういう場でいじめに会うと、怖いですよ。

大学生の夏休み、アルバイトをしました。
○樽で開催された博覧会があり、そこにジェットコースターやゴーカートの乗り場ができたのです。
そこでのアルバイトが地獄でした。

まず体力的にきつい。
夏、炎天下、ゴーカート乗り場でお客さんの誘導や走ってきたカートを停止させてスタートラインまで運ぶ、そこから停止位置までダッシュして、の繰り返し。
しかも忙しいから昼休みも5分くらいしかない!
ブラックバイト、という言葉もない時代ではありましたが、それにしてもひどい労働環境でした。

そういう会社ですから、社員もチンピラみたいのやヤンキーだったり。
アルバイトも学生ばかりでなく、20歳過ぎて無職でヤンキー、みたいのがゴロゴロしてました。
そういう性質の悪い連中ほど、肉体的にきつい仕事場では幅を利かせるものです。
わずかな隙間時間を見つけては、学生アルバイトに嫌がらせをしていじめては笑っている。
耐え切れなくなった人がやめると、人出が不足して仕事がますます厳しくなるが、その憂さを晴らすかのように、また別の学生に目をつける。
目を付けられた人は、意味もなく大声で怒鳴られたり、食事時間の順番を飛ばされたり、作業の邪魔をされたり、時には連中のバカバカしい下品で下劣な話題に付き合わされる、バカ面を近づけられて睨まれる。
まともな神経の持ち主には耐え切れません。
会社の人間に相談しても、相談の意味をなしません。
だって、社員もヤンキーでバカですから。
20歳過ぎの無職でバカヤンキーの味方をするんですよ。

ハンサムで上品な大学生も狙われました。
相手にしなかったのですが、ああいう連中は五月蝿いという言葉がぴったりなんですね。
まさに蝿のようにしつこくしつこくしつこく付きまとう。人を苛立たせるということにかけては、ああいう連中は才能を如何なく発揮します。しなくていいのに。

これ以上我慢してもロクなことはないと判断してさっさとアルバイトを辞めることを決めました。
ヤンキー社員が「みんなに迷惑がかかんだろうが!」と怒っていましたが、気にしませんでした。
まともなアルバイト学生はいずれ辞めていくだろうし、残ったヤンキーバイトに迷惑がかかっても知ったことじゃありません。どうせなら迷惑をこじらせて逝ってしまえ、くらいの気分ですよ。

まあ、どういうワケか、あの手の連中はゴキブリ並みに生命力がしぶとくできています。
その後も市内で見かけることがありました。
後ろ姿に向かって、
「どうか一日も早く亡くなります様に」とお祈りをささげたものです。



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いじめたりいじめられたり第十五話

2017/03/28 15:30
高校ではいじめはなかったです。
もう、みんなそんなバカなことしているヒマなんてないですから。
やっぱり、いじめとかする人間はバカでヒマで他にすることがないようなツマラナイ人間ですよ。
一時はいじめをしていた人間がいうんですから間違いありません。

直接加担したいじめとは違いますが、下宿では人間関係がこじれたりしてました。
父が田舎に転勤したため、高校に入ると同時に下宿生活。
下宿生は同じ高校の先輩(2年生)が三人、そこにハンサムで上品な新入生ひとりの計四人です。

下宿での人間関係のこじれ、とは。
2年生のひとり、ホリというヤツが他のふたりから「仲間はずれ」にされたんです。
理由はよくわからないけど、他の二人が仲良しだったからでしょう。
ただひとりの一年生は、どっちの味方でもないけれど、ホリと口をきくことはしませんでした。
だって、元々好きじゃないタイプだったから。

二言目には「若者だから」「若者の特権」「青春を楽しむ」という青臭いセリフをほざくヤツでした。
アカヌケナイオッサン臭い一年生(上品でハンサムだが若者っぽさはなかった)に対しても、
「お前はオヤジ臭い」「若者らしくしなくて何が楽しいのか?」などと言ってましたね。
そんなホリがいう若者らしい行為とは、腑抜けた歌を腑抜けた声で歌ったり、ディスコ風の音楽に合わせて踊ることだったのです。80年代のアホで軽薄な若者そのものでした。

ホリは2年生の冬に下宿から家出して、そのまま下宿を出ました。
下宿から家出って何なんでしょうね?


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公募案件への応募作の書き方・物理行と論理行

2017/03/27 12:20
テキストエディタで原稿を書いて、それを全角二十字で改行したフォーマットに変換して。
そんなことに何の意味があるの?
最初から、ワードの原稿用紙設定で書けばいいじゃん!
テキストエディタがいくら書きやすいって言っても、改行の手間のほうが面倒だ!

そういうご意見もありましょう。

ワードの原稿用紙設定で書いていると、20字目で折り返してはいても実際には改行されていないはずです。
またまたテキストエディタの話で恐縮ですが。
論理行と物理行という概念があります。
論理行とは、一文字目から改行をしたところまで。
物理行とは、画面の端で折り返して表示されるところまで。
( この定義がまったく逆になっているケースもあるのでややこしいのですが、一応ここでは上記のように規定します)

分かりやすくいうと。
・論理行は、エンターキーを押して改行したところ
・物理行はアプリケーションの表示サイズを変えたら一行あたりの文字数が変わるようなもの
ということです。

で、ワードの原稿用紙設定で書き続けていると、20字目で折り返してはいるけども改行をいれない限りは一行の文章なのです。「。」を打っても改行しなければ一行のままですからね。

常に原稿用紙換算で対処できるならそれでもいいのでしょうけれども。
時には行数で規定される案件もあります。

論理行と物理行、改行のあるなしは、心のどこかに留めておいたほうがよい、と思います。




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泣いたの、バレた?(酒井順子)

2017/03/26 11:32
ここのところ、やけに酒井順子の本を読んでます。
「下に見る人」などは一定のテーマに沿った内容でしたが、雑誌連載をまとめた本書は内容にバラつきがあって読んでいてしっくり来ないところもありました。散漫に過ぎるとい
うのか。まあ、そこがサカイの魅力だともいえますが。

本書で一番共感できたのが、「若い人のブログを読んだときの違和感」です。
本職の物書きであるサカイにとって、やたらと改行が入ったり、無闇に行間を空けた書き方に馴染めないのですね。
「若い人」に限りませんが、そういう視覚効果を狙ったブログ記事はよく見かけます。

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美味しいランチ


とうとう…


見つけちゃいました!


そのお店の名は…

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バカバカしいのでもうやめますけど、実際のブログではもっと改行を入れているです。
たぶん、5回くらいはエンターキーを叩いているはず。

スクロールしてもスクロールしても、いつまでたってもいっこうに肝心のハナシが見えてこない。
これはゆっくり話している様子の再現というよりも、民放のテレビ番組などでもったいぶって情報の出し惜しみをする際に似ているというか。

「○○すれば絶対に儲かる」というインチキ情報などを扱う悪徳なアフィリエイトサイトなどでも使われる書き方です。
こういう文字列を見ていると腹が立つというか、腹が立つ前に反射的に画面を閉じちゃいますね。

酒井順子は、そういう嫌悪感よりも、紙に書いていた世代として無意味に行間を空けるのは持ったないないという「紙ケチ」だからと語っています。
別の本(枕草子リミックス)で、紙好き=紙フェチであることも白状しています。大好きな紙を無駄遣いしないという、古きよき時代の物書き体質なのですね。


そうした同世代的な親近感を感じられる本は素敵です。



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本を読むにも体力がいるので

2017/03/25 12:26
甘木学園大学在学中のことです。
クラシックギター研究会の部室で、ハンサムで上品な青年が本を読んでおりました。
当時愛読していた本ですから、東海林さだおさんのエッセイだったかも知れません。
まだ、吉村昭にも司馬良太郎にも出会っておらず、椎名誠はその存在を知らず、酒井順子はまだ女子高生で本は出していなかった。
小説なら、石川達三だったかも。
法学部の学生らしく、「青春の蹉跌」くらいは読んでいましたから。
安岡章太郎はちょっとご無沙汰している時期だったかも。

ま、何を読んでいたか、は問題ではありません。
本を読んでいた二枚目の青年に対して、部室にいた先輩がいちゃもんをつけたのです。
「お前は、どうしてそういう風に本を読めるんだ?」

( は? そういう風って、どういう風に?)
二枚目の大学生としては、きょとんとするよりありません。

先輩の主張は、大筋でこういうことです。
授業の合間とか電車の中で本を読んでいる奴の気が知れない。そんな風に中断しながの読み方じゃ集中できないし頭にも入らない、それは本を読んでいるんじゃなくて字面を眺めているだ。

先輩はさらに、
「オレは本を読むときは、夏休みや春休みに集中して一冊を一気に読む。中断はしない。それが本当の読書だ」
その先輩は色黒で現役の大学三年生とは思えないほどオデコが禿げ上がっていて、体育会系人間で何を間違ってかギター研究会に加入している野蛮人でした。

どういう風に読んでも大きなお世話ですけどね。
まあ大学の先輩後輩関係だったので、黙って拝聴していましたけど。アホらしくて反論する気にもなれませんでした。

野蛮人の先輩は、体力だけはあるので、そういうガムシャラな読み方ができるのでしょう。まあ、ある意味ではウラヤマシイところではあります。間違っても、自分の読書スタイルが正しい! なんて主張はしたくありませんけども。


ハンサムで上品な中年紳士になった現在はもちろん、若くて二枚目の好青年であったころから、一時間も二時間も続けて読書することなどできません。
疲れたり飽きたり目がショボショボしたり喉が渇いたりオシッコが近くなったりお腹がすいたり眠くなったりするばかりです。

余談ながら、その野蛮人の先輩の尻馬に乗るようにして、
「オレも読むときは一気に読まないとダメなんですよー」と主張する輩がいました。
よくいますけどね、こういう風にその場の空気に乗って威張りたい奴。

後日、そいつが部室で「一気に」本を読んでいましたが、新書版の旅情ミステリみたいな本でした。
一気に読まないと登場人物を覚えきれないのでしょう。
そもそも、そんな本は読まなくていいんだってば。




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そうは言っても嫉妬することもある

2017/03/24 06:31
日頃から拝読している某ブロガーさんも、一昨年あたりから受賞が増えている方です。
本当はこの方のブログは読むべきではありません。
何故なら以前、「私のブログを読まないでくれ」と絶縁宣言をされたからです。
まあ、一般公開されているブログなんだから読むことを止められる覚えはありません。どうしてもというならIPアドレスにアクセス制限かけてくれ。

そういう経緯もあって、そのブロガーさんの受賞は素直に喜べないところもあります。
いくらハンサムで上品な中年紳士とは言い条、理不尽な仕打ちを不快に思うことはある。
理不尽なことをおっしゃる人間性の持ち主でも、ヨイ作品を書けるのか、という発見もある。
単純に、嫉妬することもある。
それほど度量の大きい人間ではありません。顔は大きいけど。

そのブロガーさんも相当な努力をしていることは伺えます。
執筆量とか、読書量とか。
Linux PC を携帯していながら、通勤時にはソリティアで遊んでいる貴公子とはワケが違うんですね。

某ブロガーさんは、ハンサムで上品な中年紳士と縁を切ったことで、ツキを招いたようにも思えます。駄作を垂れ流し、ブログでいじめの告白をするような貴公子と付き合ってい
てもロクなことがない、と察したのでしょう。それで運気が上がるなら結構なことです。

自分自身とは縁を切れないのが苦しいところです。


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努力している人々

2017/03/23 07:52
公募にチャレンジを続けている方のブログをいくつか拝読していますが。
最近、お二人の女性ブロガーの活躍が目覚ましい。

色々な賞を獲ってらっしゃる。それも大賞とか最優秀賞とか一等賞です!
彼女らの躍進は、偶然ではありません。
色々と創作の勉強をして、たゆまなく執筆するという地道な努力を続けているのです。
その成果あるいは結果として、受賞というご褒美を受け取っているのですね。

思い出したように駄作を書いては落選して腐っているハンサムで上品な中年紳士とはワケが違うんです。
ちょっと前の流行語を使うなら「あなたとは違うんです」と言われる場面ですね。


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新しく使い始めたテキストエディタK2の整形機能

2017/03/22 00:04
会社のパソコン用に(レジストリに干渉しないインストール不要の)新しいテキストエディタとして、k2エディタを使い始めました。

使い出してから気づいたのですが、このテキストエディタ、強力な文書整形機能を持っています。
シフトキー+エンターキーで、あらかじめ指定した文字数(桁数)で改行を入れてくれるのです。
改行ナシで、長々と書いた一行であっても、その行にカーソルを置いてシフト+エンターすれば、全角二十文字なり四十文字で改行したフォーマットが出来上がり。

しかも、改行された文書を手直しした後でも、もう一度シフト+エンターで、整形しなおしてくれる優れものです。

つまり上の行で試してみると、

使い出してから気づいたのですが、このテキストエディタ、強力な文書整形機能を持っています。


シフト+エンターで全角二十字に整形!

使い出してから気づいたのですが、このテキ
ストエディタ、強力な文書整形機能を持って
います。


行頭を字下げしました。

 使い出してから気づいたのですが、このテキ
ストエディタ、強力な文書整形機能を持って
います。


その上で、シフト+エンターで全角二十字に整形すると!

 使い出してから気づいたのですが、このテ
キストエディタ、強力な文書整形機能を持っ
ています。

行末をきれいに揃えてくれます。


大幅に文書を書き直してもダイジョウブです。
下の事例では、「我ながら」の行にカーソルを置いてシフト+エンターしてください。
一旦は行末で止まりますが、シフト+エンターを続けると、この文例では3回で再整形が完了します。


 我ながらボンヤリで、
使い出して気づいた。なんと驚いたことに、このテキストエディタには、
強力な文書整形機能が搭載されていた!



きれいに再整形してくれますし、禁則処理にも対応しています。

 我ながらボンヤリで、使い出して気づいた。
なんと驚いたことに、このテキストエディタ
には、強力な文書整形機能が搭載されていた!


ざっと文章を書いてから、原稿用紙体裁に修正したい場合には最適のテキストエディタです。
他のテキストエディタにも同様の機能があるのかも知れませんが、QXエディタの整形はいまひとつ使いにくいし、MKエディタでは該当する機能を見つけられませんでした。

クリップボード管理ソフトで整形する場合は、いったん改行を削除して一行にしなくてはならないので、テキストエディタ上で対話的に整形していけるのは分かりやすくて、とてもいい感じ。

会社用パソコンのみならず、自宅のパソコンでも使い始めました。






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ワンコのぬいぐるみ

2017/03/21 12:22
いつもコメントを下さる海さんのブログ記事で、「物欲も決して悪いものではない」といったことが語られています。

頃日ではミニマリストやら片づけ上手、無駄な物は持たない暮らし、みたいな生き方が褒めそやされています。それを突き詰めれば、許由みたいに手で水をすくって飲む暮らしをしなければなりません。ですが、それは無理なこと。

多少は無駄に思える買い物も、心のゆとりとして認める生き方の方が豊かではないか、とも思います。

そういう前置きをした上でご紹介するのが、新しく買ったモノです。

盲導犬協会(だったかな?)で販売しているマスコットです。

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売上のいくらかは盲導犬関連に寄付される、のでしょうけども、正直なところ、その辺りのことはどうでもいいです。
カワイイんだもの。

画像

手の平サイズで、お出かけの際にも連れて行ける!
ハンサムで上品な中年紳士がカバンに忍ばせるのにもピッタリです。

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「お手」ができます。

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「おかわり」もできます。

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「ふせ」もできるけど、カタチが崩れるので短時間に限ります。

ちなみにお値段は800円でした。


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新しく使い始めたテキストエディタはK2です

2017/03/20 16:36
会社のパソコン用で、新しいテキストエディタを使い始めました。
k2エディタというソフトウェアです。
今まで使っていた MKエディタも優秀なテキストエディだったのですが、不満な点がひとつだけありました。
それはショートカットキー設定で、「Ctrl+G」に削除を割り当てられなかったことです。ツールのキー割当メニューから何度も試したのですが、うまく行きませんでした。

k2エディタは、それが実現できたので重宝しています。

ただし、k2エディタは2010年10月10日が最後のヴァージョンアップです。
いささか古い仕様なのか、タブに対応していません。文書を二つ以上開こうとすると、もうひとつエディタが起動するタイプ。いわゆるシングルドキュメントって仕様ですな。
そこだけが、ちょっと使い勝手が悪い。
それ以外は、なかなか快適なテキストエディタです。

会社のパソコンで使うために、インストーラを使用しない、レジストリに干渉しない(適当なディレクトリに実行ファイルを保存しておけばいい)スタイルのソフトウエアも最近は少ないですから、貴重な存在です。

しばらく使ってみようと思います。


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【いじめたり】いじめられたり第十四話補遺の2

2017/03/19 19:20
考えてみれば、ナカゾノというのは悪い仲間でした。
中学生にしてはオッサン臭い外見と考え方と振る舞いに特徴がありました。
そして軍事オタクであり、政治的イデオロギーに関する知識も持っていました。
そういう余計な知識ばかりあったけど、勉強はさっぱりだったなあ。

今、彼が生きていれば(たぶん生きていると思うが)、きっとネトウヨとして暗躍していることでしょう。

ミヤグチをいじめたり、他にも級友らのことをあげつらって悪口をいうのが得意でした。彼の悪口は、その人の一番触れて欲しくない部分を土足で踏みつけるような嫌な威力がありました。

さらにナカゾノのやっかいなところは、仲間だと思っていたら突然、こちらを攻撃してくるところです。
二人で話をしているとき、周囲にバカにするターゲットが見当たらないと、毒牙をこちらに向けてくるのですね。
なんというか、油断がならない男でした。
そうなるとこちらも負けていられないので、悪口を返します。幸い、彼には悪口をいう材料がいくらでもあった。
顔が不細工だとか、体育用のジャージが変に色あせているとか、色々な知識で根本的な間違いがあるとか。

ただお互いにけなしあっていては、お互いに居心地が悪いので、できるだけ口の毒は他の人に向けるようにしていました。
お互いがお互いを傷つけないために、ミヤグチや下級生をいじめたり、同級生の悪口を言っていたのもかも知れません。

おそらく、集団でひとりをいじめるのも、同じような心理なのだと思われます。
いじめをするような集団は、集団の外にいる誰かをいじめていないと、いじめのエネルギーを持て余して仲間内で攻撃し合ってしまうのでしょう。だから常に誰かをいじめていた
いのです。

秘密警察のような組織は、反逆者やテロリストが活発に活動しているうちは、それらを粛正しています。しかし、ある程度の治安が回復するとそうした敵はいなくなる。
そのとき、彼らは内部に向かって粛正の牙を剥くことがよくあります。
それとも似ている。

ナカゾノは、悪い仲間ではあっても、決して友達ではなかったのです。
だからと言って、すべてがナカゾノのせいではありません。
ナカゾノと付き合ったのも、いじめを行ったのも自分の意志なのですから。




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いじめたり】いじめられたり第十四話補遺

2017/03/19 19:19
自分がいじめる側に立ったことを白状したついでに、もうひとつ。
ミヤグチをいじめた仲間であったナカゾノと、下級生の男子をいじめたこともありました。
なぜ、彼をターゲットにしたかは分かりません。
ナカゾノがいじめていたので、いきがかり上、一緒にいじめた、というだけです。

「だけです」じゃないって。

そんなに長期間ではなかったと思いますが、廊下ではやし立てたり、階段の上から突き飛ばして、転ばないように必死に降りていく様を笑ったりしていました。
ナカゾノが好きだった、ドラマ「必殺シリーズ」の殺し方のひとつ、屋根の上から落と技(技と言うほどのものか?)を真似てやったことです。

なぜ、あんなことをしたのか、自分でもさっぱり分かりません。
どうも当時は「いじめている」という気持ちがなく、ナカゾノと下級生の三人でふざけていただけ、という気分でいたように思われます。
片方は「いじめられた」、片方は「ふざけていただけ」。
最近でもよく見聞きする認識の違いというか、いじめたほうの言い訳です。

下級生君が階段で転んでケガをしなかったのが不幸中の幸いだったのでしょう。


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【いじめたり】いじめられたり第十四話

2017/03/18 14:07
A川の中学では、ゴリラみたいな連中に目の敵にされいじめられていた、というように書いていました。実はいじめる側にいたこともあります。
いじめたのは、ミヤグチという同級生です。
ミヤグチは、ありていにいえば「ちょっとバカ」でした。
これまでに登場した不良系のバカではなく、いわゆるバカ。
知的障害、というほどではないけど、学習困難な生徒でした。
もっとも、そう書いている自分自身、高校進学後は学習困難レベルに陥り苦しむのですが、まあそれは余談。

ミヤグチにハナシを戻すと、精神年齢がかなり幼かったのでしょう。
どうみても中学三年生には見えず、学生服だけが着古されていました。
そのせいで、兄のお下がりをもらって着ている小学生に見えたものです。

本人は「横浜出身だ」というのが自慢でしたが、どう見ても僻地の寒村から出てきたようにしか見えませんでした。顔にはタムシかシラクモのような跡があり、冬になるといつも茶色のトックリセーターを学生服の下に着込んでいるのも垢抜けなかった。というよりも、セーターが垢じみていたんですね。
どうしても横浜生まれだと思おうとするなら、江戸時代、まだ開港前の横浜村なら何とかそう見えないこともない、というところでした。

ミヤグチはクラスの中では最下層のカーストにいました。
ほとんど誰も相手にしていなかったのです。

それをいいことに上品な美少年ともあろうものが、ナカゾノという同級生と一緒になって、ミヤグチをいじめていたのです。いじめるといっても、明朗快活に暴力を振るうとか子
分のようにして使うというものではありません。
意味もなく悪口を浴びせかけてバカにするのです。
ミヤグチはへらへら笑ってかわそうとしたり、人をバカにするほうがバカという基本的な反論を試みたりしましたが、1対2ではあまり効果がありませんでした。

ちなみにミヤグチの「ミ」をとったか、「ミソ」とか「ミソ菌」と呼んでいました。
命名はナカゾノです。他の一部の生徒も彼をミソと呼んだりもしていました。
ナカゾノは意外とネーミングセンスがよかったのか。

口先でのイジメのみならず、一度などはミヤグチの長靴に水を入れる、というイタズラもしました。
いや悪戯と書くべきか、意地悪というべきか。
いやいや、これはすでに凶悪な悪行でというレベルのものでしょう。
当時ですら、学校にゴムの長靴を履いてくる奴は珍しかったのですが、ナカゾノは長靴での登校がおかしいといって笑い、休み時間にこっそり水を入れたのです。

上品な美少年も一緒にやったかもしれません。「かもしれません」というと、ずいぶんと狡猾な言い逃れのように聞こえますが、本当に記憶が曖昧なんです。
いじめるほうは気軽に気楽にやっていて、自分のしたことを忘れているという証左ではありますが、決して威張れることではありませんね。

ちなみに長靴に水を入れたのは、雪が積もった1月か2月の厳寒期だったはず。そうでなければ、さすがに長靴では登校しませんから。
普通に靴を履いていても足先が凍えるA川の冬です。
ずぶぬれの長靴を履いて帰らざるを得なかったミヤグチの気持ちを考えると、今ではいたたまれません。当時はナカゾノと笑っていた、いや、帰り道にミヤグチの足が冷たいとか、ミヤグチの気持ちとか考えもしなかった。
その場で笑って終わり。
ナカゾノが、「ジャーっ」と言って(たぶん何かの容器から)水を長靴に注ぎいれて笑って終わり、でした。

ミヤグチはずいぶん恨めしく思ったことでしょう。
彼はモデルガンが好きだった。
だからきっと、モデルガンでクラス写真の中にいる上品な美少年とナカゾノを撃ったりしたんじゃないかと思います。
卒業アルバムの写真めがけてモデルガンを撃ったり、錐で穴を開けたりしたんじゃないかと思います。

きっと間違いないでしょう。
自分自身、自分をいじめたゴリラどもの写真を殴ったり、カッターで傷をつけたりしてましたから。
まるで自分だけが被害者だ、という気分でね。

今、ミヤグチにあったらどうするか。
当時のことを謝るでしょうか?
いや、きっと、絶対に謝りはしないでしょう。
謝ってもしようがないワケですから。
いまさら謝られても当時の悔しさや辛さが解消されるワケではありませんから。
いまさら謝られても困りますよね。

自分だって、自分をいじめた人間が何十年もたってから謝罪しても、許すも許さないもなく困り果てるだけですから。
一体全体、あのときの思いをどうしたらいいの?
あのときの悔しさをどうしたらいいの?

だからきっと、万が一もしもミヤグチに会ったとしたら、彼に気がつかないふりをするか、すべて忘れたような顔をするかでしょう。
そして自分はどっちにせよ、ばつの悪い思いをするでしょう。

おそらく、世間の元いじめっ子の諸君も、同じではないかな?
だからこそ、「いじめられた体験」を話す人はいても、「いじめた体験」を語る人はほとんどいないのですよ。



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いじめたり【いじめられたり】第十三話

2017/03/18 14:01
A川時代の中学生活、続きです。

他のクラスにいるバカは、授業中には害になりません。
しかしトイレに行くときなどに出会うと面倒です。

一度なんて、わざと顔の前でクシャミをされて、つばだらけにされたこともあります。
殴ってやりたいのをグッと抑えて(バカを相手にしてケンカしても始まらない、相手は二人だからケンカしても不利だ、仮に勝ったとしても内申書に響いたりしてはつまらない、そもそもケンカが弱いからああしたバカに狙われている、教師に言いつけても無駄、放射性元素には半減期が2万5千年のものがある、その他の理由)、冷たい水で顔を洗ったときは情けなくて泣きたくなりました。

仕返しとして、そいつらの靴にサソリや毒ヘビを入れておいたこともありますが、かまれようと刺されようと平気な顔をしてました。バカには毒が効かないのかもしれません。

体育のクラス合同授業で何かのボール競技をしているとき、間違ったふりをして体当たりしてやったこともあったか。
これは効き目がありました。ゴリラのくせに、繊細な美少年の体当たりを受けて昏倒し、体育の授業が終わるまで起き上がってきませんでしたから。

もちろん、故意ではなく過失(のふり)ですから、誠実に謝罪しました。
「ごめんなさい、だいじょうぶですか、はやくげんきになってください」(棒読み)

残念なことに、体当たりできたのはコマツのほうだけなんです。
そのあと、オオノは警戒していてスキがなかった。

そして中学卒業と同時にA川から父が転勤となり、高校生活に入ります。



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目指せ!お相撲さん!!

2017/03/17 11:24
某地方都市幻想文学賞は入選止まりだったワケですが。

入選できたのをヨシとして素直に喜ぶべきか。
大賞以外は落選も一緒、と考えるか。

ここが思案のしどころです。

前向きに考えれば、素直に喜ぶべきでしょう。
負けん気を発揮するなら「大賞以外は落選と一緒」でしょう。

気分的には「落選と一緒」であります。
少々、気持ちが落ち込みました。
そこで考えたのですが、なぜ落ち込むのか?

一昨年は応募作が書けず、昨年は予備選考で落選でした。
それから見たら進歩したともいえるはずなのに。
どうして落ち込むのか。

そもそも、応募作は実質三日くらいで書き上げた、いわば「やっつけ仕事」みたいな仕上がりです。そんなのが大賞なんて考えるだにおこがましい!

シカシナガラ同時に。
三日とは言えども、書いている間は集中して「心血を注いだ」と言っても、過言ではないのです。もちろん、「お前の心血はその程度か、ミミズを踏んづけてももっと血が出るぞ
」と言われれば、言い返す言葉もありませんが。

このあたりが、自分の心に引っかかっているんじゃないか、と思われます。
引っかかりはふたつです。

つまり、「心血を注いだ」とは言い条、実はそうでもないことが分かっていること。
もうひとつは、「心血を注いだ」と思っていること。

前者は十分に力を尽くしてはいないという不完全燃焼感。
後者はそれなりに全力を尽くしたのにダメだった、という無力感。

このふたつのマイナス感覚が気分にダメージを与えているらしい。
では、どうするか?

不完全燃焼感については、事前準備や推敲に時間をかけるなどして、自分を納得させるような作文方法を確立すること。
無力感については、それほど深く考えなずに淡々できる平常心を養うこと。

大相撲の力士の談話が役に立ちそうです。
「一番一番を大切にとっていくだけです」というようなことを、力士のお相撲さんは言います。
勝ち負けに一喜一憂するのではなく、勝負の積み重ねが結果になる。
そういう心境になれるお相撲さんが強いのでしょう。

体型が似ているという点でも、ハンサムで上品な中年紳士の目指すべきはお相撲さんの心境なのです。
それ以外(腹囲とか髪型とか)は目指さなくてもヨロシイ。
あ、髪型はもとより無理でした。あんなにたくさんの髪の毛はないもの。
入門する前に、髷が結えなくて引退だ!

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いじめたり【いじめられたり】第十二話

2017/03/17 11:18
函館からは中学1年の三学期を終えた春休みに転校しました。
父の転勤サイクルがだいたい三年だったので、予想はしていましたが、吹奏楽部をやめるのはイヤでした。

転校したのは、A川です。北海道では二番目に大きい市です。
ですが盆地にあり冬は寒く夏は暑い土地でした。おまけに転校先の中学は、別の中学から分かれてできたばかりの新設校で吹奏楽部がありませんでした。
紅顔の美少年は、どんなにかガッカリしたことでしょう!

その中学でも、多少のいじめ被害がありました。

一度だけ、三年生のチンピラにからまれたけど、別の三年生に助けられました。
助けてくれたのは、同じ団地にいた先輩だったと思うけど、ちゃんとお礼もしなかったなあ。
なんて恩知らずな!

ちょっと反りが合わなくてケンカばかりしているヤツもいました。
ヤマグチというゴリラに似たヤツで、テレビタレントの真似ばかりしていたバカでした。
すぐに転校していなくなってせいせいしました。

秋になると、別のクラスにいたババというバカにからまれました。
このバカは記憶力が悪いらしく、すぐに寄ってこなくなりました。
後で聞いたら、クラス会でバカくん、いや、ババくんの素行を改めさせようという話し合いがもたれたらしく、それで更正したらしいです。どの程度に更正したのかわかりませんが、他のクラスにいるハンサムで上品な少年にちょっかいを出さないくらいには学習できたようです。

高校受験を控えた三年生になると、また別のクラスのバカ二人に目を付けられました。
オオノとコマツというバカ、二人ともゴリラっぽい顔でした。
ゴリラに似た中学生はバカで他人をいじめる性向があるのでしょうか。


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某地方都市幻想文学賞は入選止まりでした

2017/03/16 20:37
淡い期待を抱いてしまった、某地方都市幻想文学賞。
結果は見事に入選止まりでした。

あわよくば大賞、なんて欲をかいちゃいけませんね。

かくのは駄作だけにしておきなさい、なんて。


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いじめたりいじめられたり第十一話

2017/03/16 08:16
イジメ話は中学まで進みましたが、ここでちょっと後戻り。
他にいじめられていた児童の話です。

クラスに、カネタという少年がいました。顔は子泣きジジイって感じでしょうか。
毎日のようにいじめられて泣いてました。
この子はもう、何かのついでに叩かれたり突き飛ばされたりして泣いていた。
よくもまあ、あんなに泣くものだとあきれるほどでした。
そのせいでなのか、泣き顔が顔面に張り付いている風だったのです。

いじめられっ子のポジションに常駐、という感じで、例の「裏切り者」設定からも除外されている感じでしたね。むしろ「裏切り者」の遊び相手というか。

一度、別のクラスの小デブにカネタ君がいじめられているのを見ました。助けようか、止めようかと思っているうちに、小デブが気が済んだのか、自分の身が危ないと思ったのか、去っていきました。
いや、記憶違いかも知れません。何もせず、何も思わず、黙殺して通り過ぎて、その後も小デブはカネタ君をいじめ続けたのかもしれません。

ちなみに、その小デブ自身もクラスでは泣かされる役どころだったはずです。
弱いものイジメは、さらに弱いものをターゲットにするという事実を目の当たりにしました。

「目の当たりにした」っていうけど、自分はカネタ君をいじめなかったのかどうか。
いじめた記憶はないけど、いじめなかった、と断言はできません。

ただカネタ君自身は、「これじゃいけない」と真剣に思っていたようです。
球技大会のとき、バレーの試合で点を入れたとき、カネタくんは得点に一切関係していなかったのに、小躍りするような格好をして喜んでいる風でした。たぶん、演技だったと思います。ずいぶんとワザとらしくぎこちない動きでしたが、そうやってクラスの仲間に入ろうとしていたんだと思います。
その様子をみて、「自分には絶対に真似ができないことだ」と思ったものです。
そういう風にはしゃぐのが苦手だったんです。今でも苦手です。そうやって、孤立しているのです。

そして中学生になって半年くらいしたころ、偶然カネタ君に会いました。歩きながら話もしたかったので、自分の都合のいい道を選んで「こっちから帰ろうよ」と誘いました。
ごく軽い気持ちで、です。
しかしカネタ君は「イヤダ!」と鋭く大きな声でハッキリと拒絶したのです。

いじめられっ子のポジションから脱しようとしているカネタ君の心と日常が透けて見えた瞬間でした。


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かえるフォト川柳

2017/03/15 08:10
公募ガイドに載っていた情報なのですが。
かえる(カエル、蛙)をテーマにしたフォト川柳の募集を見つけました。
主催は奥三河にある茶臼山カエル館です。

カエルの写真(本物でもぬいぐるみでも可)に川柳を添えて応募、ということです。
これはもう、まるで海さんのためにできた企画みたいですね!

ハンサムで上品な中年紳士も、喫茶カエルヤなどに行って、ネタを仕入れて応募したいものです。

そういえば、何年か前に飼育したときの写真もあったなー。


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いじめたりいじめられたり第十話余談(先輩たち)

2017/03/15 08:08
中学1年のとき、一年だけ吹奏楽部にいました。
(親が転勤になったが、転校先に吹奏楽部はなかった)
吹奏楽部で出会った先輩たち、特に3年生は、大きな大人に見えました。
2年生はそれほどでもなかったのですが、3年生は完全に立派な大人でした。

面白いことに、その感覚というのは今でも変わらずに残っています。
こうして当時のことを思い出したとき、センパイたちといえどもハンサムで上品な中年紳士にとっては14〜15歳の少年に過ぎません。
しかし記憶の中では、いつまでも彼らは大人なんです。もちろん何年たってもセンパイのほうが年上であることに変わりはありません。
しかし、記憶の中にいる中学三年生の先輩たちが、今の自分よりも「大人」として感じられるのです。

これは吹奏楽部の在籍が一年であり、転校したことでその後はセンパイたちに一度も会っていないことが原因でしょう。記憶の中に、センパイたちが永遠の先輩として封じ込められているのです。先輩として心に刻み込まれてしまったのでしょう。

あるいはハンサムで上品な中年紳士の精神年齢が、中学生で止まっていることも考えられます。それだからして、いまだに中二病なのかもしれません。

ピカピカの新中学一年生として、新たな世界に足を踏み入れたという新鮮さも、記憶を強固なものにしていると思われます。

転校先では、上級生らと関わりがなかったせいか、先輩というイメージの人間はいません。二年生ということで、上級生というものをそれほど珍しがらなくなったのも一因ではないでしょうか。

転校してセンパイたちと縁が切れたことは、当時はさびしかったです。
しかし今にして思えば、中学校の先輩後輩関係を後々まで引きずるようなことがなくてヨカッタとも思います。





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オルズラボ失敗談は落選

2017/03/14 12:19
「やってしまった人生の失敗」だったかな?
オルズラボでの募集案件は落選でした。

こういうのは「人生の失敗」にはカウントしませんから。

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いじめたりいじめられたり第十話余談または函館流星群中学遍の3

2017/03/14 12:19
吹奏楽部で女の子にもてた話、さらに続く。
ある日の個人練習中、オオヤマという女子生徒がやって来ました。
「目を見てくれないか」と言うのです。
「私の目をまっすぐに見て、正直に全部話せ!」と脅されたワケではありません。

ちなみにこの女子も同じ小学校の出身です。
彼女は打楽器パートだったのですが、ドラミングの練習で窓枠を叩いているとき(そういう練習方法があった。だからそこの窓枠は傷だらけだった)
、スティックがはねて目に当たった。どうかなってないか見てほしい、というのです。
「他の人に見てもらったら?」
「自分は上品で二枚目ではあるが目医者さんじゃないし」
「保健室に行ったら?」
等々申し述べたのですが、彼女はどうしても目を見てほしいといって譲りませんでした。
しかたなく、顔を近づけて、目をのぞき込みましたが、分かったのはそこに目があったことと、顔が近すぎると恥ずかしくなる、ということでした。
なんというか、時と場合によっては、そのまま「接吻」してもおかしくないくらいに接近していたんだもの!

「別にどうもなってないみたいだけど」と伝えると、彼女はとろけそうな笑顔で、
「そう、ありがと!」と言って駆けていきました。

オデコの広い、満島ひかりと宮崎あおいを足して2で割り、水でふやかしたような顔をした女の子でした。
小学校のころから、ちょっと可愛いなと思っていた娘でしたので、こうも親しげに接することができたのはとてもうれしかった。それだけでも吹奏楽部に入った甲斐があったというものです。

バレンタインデーの日、オオヤマはチョコレートの包みと思しきものを持って、上品な美少年のそばに来ました。しかし、そばに来るだけで、およそ2メートルの距離をたもったまま笑ってばかりいます。
理由は明快で、美少年のそばにはもうひとり少年が立っていたのです。

美少年は楽器を置いて、楽譜でも取りに行くようなそぶりをしました。
そこへオオヤマがすばやく近づいてきて、ハート型の箱に入ったチョコレート詰め合わせを渡してくれました。

実はここで。
美少年がその場を離れると、オオヤマはさっともうひとりの少年に近づいてチョコレートを渡した、美少年は「あれれ?」という顔で立ち尽くしたと書くつもりでした。

でも、フィクションにしても型にはまりすぎているのでやめたのです。


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これってやっぱり老化でしょうか?

2017/03/13 18:03
いつもコメントを下さる海さんのブログ記事へのコメントと同内容なのですが。

最近、雑誌を読むのが辛くなって来ています。
雑誌は細かい字でびっしりなのが老眼で読むのは大変です。

文章も、一般の本ならば一定の方向に読む進めばよいのです。
しかし雑誌はそうはいきません。

文芸誌などならともかく、写真やイラストを多用したスタイルの雑誌は、あっち見たりこっちを読んだり、絵をながめては添えられたキャプションに目を通す。

そういう風に視線を移動させるのが苦痛なんです。

これって、やっぱり老化でしょうか?


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いじめたりいじめられたり第十話余談または函館流星群中学遍の2

2017/03/13 08:15
手編みのマフラーまで添えて交際を申しこんで来た彼女とは、1月ころをピークに何となく距離ができました。
同じクラス、同じクラブ、おまけに同じ委員(図書委員)と四六時中ベッタリみたいな状況に嫌気がさしてきたのです。

しかも、自分が女子にもてる気配に気づいてしまった、ということもあります。
いわゆる、モテ期に突入したのですね。

これは美少年がさらに美しくなった、のではなくて状態の問題でしょう。
手編みマフラーの女子が彼を好いている、つまり彼には何か魅力があるらしい、と周囲の女子が思い込むのです。
ちょうど、飲食店の前に行列があると、美味しいかどうか分からないのに、自分の好みの味かどうかも分からないのに、行列に並んで食べてみたくなる、のと同じ心理です。

人気スポットには人が集まるので、それが話題になってさらに人気が出る、のと同じ。
ですから、こういう時に集まってくるのは、どっちかというと主体性のない、あまり頭のよくない女子が多かった。ちょっとボンヤリしているくらいの女子に限られます。
昔から、頭のいい女性が好きなのですが、そういう人は「あの人はもてている」くらいのことで関心を持ってはくれないものです。

さて、吹奏楽部の女子たちの多くは、同じ小学校から来た子でした。
しかも隣のクラス出身が9割を占めていました。担任が音楽の先生だったせいか。
で、そのクラスの女子は可愛い子が多かったのです(個人的な好みによるが)。
ちなみに函館流星群小学校遍に登場したホンジョウさんも、このクラスです。彼女は学区の違いで別の中学に行ってしまいましたが。

モテ期には、クラブ活動が終わった後、彼女たちから「一緒に帰ろう」と誘われるようになりました。ちょうど1月から2月、日が短くて学校帰りの道が暗い季節です。
「暗くて怖いから一緒に帰ろう」というのです。

もちろん、一緒に帰りましたとも。
地味な顔をした女の子でしたが、あの晩はとてもかわいらしく思えたものです。

それ以前は、ウソツキのロクデナシのデブのヤスオカと下校していたことを思えば、地獄から天国というところです。

地味な顔の女子とは、何度か一緒に帰りました。
ときどき、手をつなぐこともありましたが、彼女はかならず手袋をしていたし、こちらにも手袋をすることを求めたのです。
手をつなごう、と言ったのは彼女のほうなのに。



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いじめたりいじめられたり第十話余談または函館流星群中学遍

2017/03/12 14:43
H館で吹奏楽部に夢中だった頃。
あの頃は、人生で女性にモテた時期、頃日の言葉で言うなら「モテキ」のひとつです。
「ひとつ」というからには、他にもあるのでしょうが、それもまた余談。

小学生のときは、スポーツマン(野球みたいなクダラナイ競技がうまいとか走るのが速いとか)か、面白い子(気の利いたジョークが言える、のではなく、テレビタレントの真似ができるなど)が女子にもてました。
しかし中学生になると女子は、勉強ができたり、クラブ活動に熱心な男子に対して憧れの眼差しを向けるようになります。

将来はハンサムで上品な中年紳士になる予定の美少年は、吹奏楽部で熱心に活動していたせいか、幾人かの女子生徒に言い寄られたものです。言い寄られる、は古いか。
シカシナガラ。
当時は「告(コク)る」、「告(コク)られる」なんて表現はなかったですからね。

一学期の半ばには、かなり意味不明の手紙を別の小学校出身の女子からもらいました。
意味不明すぎて、どうやらラブレターだったらしいと気づいたのは、だいぶ後でした。

秋ごろからバレンタインデーのころにかけては、同級生の女子(別の小学校出身)とつきあっていました。
何と驚いたことに!
彼女のほうから、手編みのマフラーを添えた手紙で交際を申し込んできたんですよ!

この娘は、上品な美少年を追って吹奏楽部に入部してくるほどのご執心ぶりでしたよ。
ただあまり上達しないのか、先輩から、
「あの子、上達は遅いんだよね、何とかならない?」と言われて、
「え? それってボクの責任ですか?」なんてこともありました。

ただ同級生と付き合っている、というのは面倒なこともありました。
教室で普通に話しているだけなのに、ベタベタしていると思われがちです。
また、他の女子と用事があって話していても、相手から変に遠慮されたりして。
「彼女に悪いから…」って。
束縛される苦しさを味わってしまった紅顔の美少年、十三歳の冬でした。


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いじめたりいじめられたり第十話補遺

2017/03/11 17:23
H館の小学校は最悪だったけど、中学校は最高でした。
吹奏楽部という新しい世界で夢中になれたからです。

とは言い条、中学一年生がすべてを忘れて吹奏楽に没頭していたワケではありません。
恋もすれば、恋もされたし、友達とバカをやることもあった。というよりも、毎日バカなことばかりしていました。まるで頽齢の貴公子となった今と変わらなかったのです。

当時、仲良くしていたのはヤスオカという小太りの男です。彼も吹奏楽部に入っており、あまり上達しない方でした。しかも小学校時代、カネタを泣かせて自分がいじめられた憂さを晴らすような自分勝手で嫌な少年でした。
だから上品な美少年と気があったのでしょう。

いや、気があった、というのは違います。
同じクラブで同じ程度の下手糞で、帰る方向が同じ。同じ小学校から吹奏楽部に入った男子は、二人しかいなかたのです。女子は大勢いたけど、なかなか一緒に帰るということはなかった。
後になって、女子と一緒に帰ることが増えたりしたが、それは余談。


さて、ヤスオカは小太り、と書きましたが、一言で表すなら「狸オヤジが中学生になった」ような外見でした。しかも外見だけでなく中身も狸オヤジそのもので、口がうまくて調子が良くて嘘つきで、何か都合の悪いことがあるとすべてを他人のせいにして、周囲の人間をしてそのウソを信じ込ませるのが得意でした。
信じられないことですが、ヤスオカが甲高い声で熱弁すると、たいていの人がヤスオカの言うことを信じるのです。騙されないのは事実を知っている者だけ。
ヤスオカのせいで、何度も煮え湯を飲まされるような目にあいました。

ヤスオカには、口では敵いません。やむなく実力行使をしました。
かと言ってあからさまな暴力を使うと、後が面倒ですからこっそり仕掛けるのです。

簡単に言うと、ヤスオカの靴の中に画鋲をばら撒いておきました。
これなら証拠は残りません。
恨みをもっている奴がやったのではないか、ということになれば、ヤスオカには心当たりがありすぎたでしょう。

実際、仕掛けた覚えがない画鋲がヤスオカの靴に入っていたことが何度もありましたから。
先生の中にも、ヤスオカの言動を好ましくなく思ってらっしゃる方がいました。
生徒を見る目が確かな方もいらしたワケです。

クラブが終わって学校を出るとき、先生もいるところでヤスオカが画鋲トラップに引っかかり、涙を流してケンケンした(画鋲が入った靴を下につけないから)時。
ヤスオカは、上品な美少年を指差して、
「先生、画鋲を入れたのはこいつですよ!」と訴えました。
当方は、そしらぬ顔で、
「違いますよ」とひと言。
先生は、どちらともつかない顔で、
「お前の普段の行いが悪いから」とヤスオカをたしなめました。

この画鋲トラップは、毎日やらないで日を置いてやるのがコツです。
相手もまるっきりのバカじゃないですから、靴を逆さにして確かめるくらいのことはします。ですがそれも二、三日。四日目に仕掛けると見事に引っかかったのでした。
まあ前述の通り、上品な美少年以外にもトラップをしかけた人間もいましたけど。

そういう痛い目にあっても、ヤスオカの嘘つきはなおりませんでした。
きっと詐欺師になったに違いありません。
せっかく、心を鬼にして、画鋲でもってたしなめてあげたのに。

この件は、いじめたとかいじめられたとかいうよりも、ウソツキのヤスオカとの闘いである、と自分の中で位置づけられています。





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いじめたりいじめられたり第十話

2017/03/11 12:18
5〜6年生はつまらない陰鬱な時代でした。
下らないバカバカしいできごとに包まれた、無駄な二年間だった。

そして中学生になるころ、さらに心配な事態が出来しました。
「お前は中学に行ったら先輩にデッツカレルぞ」とクラスの連中がいうのです。
「デッツク」とは、「痛めつける」「いじめる」「殴る」など、中学校の先輩に「焼きを入れられる」という意味合いでした。
確かに、5年生のころの経験を思えば、中学で目をつけられてもおかしくありません。

繊細な胸が不安と心配とでつぶれそうな思いで、中学校に入学しました。
そして、入学式翌日か翌々日の対面式があった日の放課後、新入生の教室には先輩たちが大挙して押し寄せました。
そして詰襟の美少年は、目つきの鋭い二人の先輩に捕まりました。

「おい、お前、ちょっとこっちへ来い!」
「は、はい…」
「クラブは決めたか?」鋭い質問が飛びます。
「いえ、まだ…」美少年が鷹揚に答えます。
「歯医者に通ってるとか、ないか?」
「いえ、別に…」
「よし、じゃあ、来い!」
ということで、アレヨアレヨという間に音楽室に拉致され、そのまま吹奏楽部に入れらたのです!
歯医者通院を問われたのは意味不明ですが(そういう質問はしなかった、とも言われた)。

そしてそのまま1年間の吹奏楽部生活を過ごし、父の転勤で部を離れるまで、先輩などによるイジメや嫌がらせは一切ありませんでした。

どうやら、部活動をしている生徒には手を出しにくかったようです。
何故ならば。
部活動という組織に属することで、そこの先輩後輩関係に守られている、というのがひとつ。
そしてもうひとつは。
部活動に熱中しているような生徒には、いじめられるスキができにくいということです。

もちろん部活動自体がイジメの温床になることもあるでしょう。また本人がどんなに注意していても、イジメをするような卑劣な人間は付けこむスキを見逃さないものです。だから、部活動に夢中になっていればイジメられる心配は皆無だ、とは申しません。

しかし一般的には、何かに熱中している人間には、ロクでもない人間を寄せ付けないオーラがあるものです。
そういえば、いじめられていたころは、ヒマでボーっとしていることが多かった。
さらにいえば、高校時代、部活動や勉強を一所懸命にやっている生徒とは友達になれなかった。


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いじめたりいじめられたり第九話余談または函館流星群3

2017/03/10 23:21
小学校同級生の女子のハナシ、といえば、当然のように「初恋」が関係してきます。
そのときが「初」恋ではなかったと思うけど、その年頃だと、「これが本当の初恋だ!」と思い込みがちなんですよねー。
「なんですよねー」、って書いたけど、もしかしてハンサムで上品な中年紳士に特有な心理か? みんなは違うのかしら? まあ、それはどちらでもいいんだけど。

ただし、おばさん臭いコシダは言うまでもなく、美少女のミカちゃんですら、上品な美少年の恋の対象ではなかった。
別にミカちゃんでは物足りない、というワケではありません。どっちかというと、ミカちゃんの美少女ぶりとプロポーションのよさに圧倒されていた気がします。

H館の小学校時代、一番好きだったのは、隣のクラスのホンジョウさんでした。
小柄で痩せぎす、色はやや黒い。となると美少女の条件は満たしてないようだけど、可愛い顔立ちをしていたんです。ちょっとタレ目で。
芸能人でいうと、榊原郁恵(字はあってるかな?)と柏原よしえ(漢字だったかな?)を足して子どもにしたような感じでした。
なんといってもヘアスタイルが、河あきら(※)のマンガに出てくるオオカミカットみたいでよかった。
いつもミニスカート、というか小学生ならではの短いスカートをはいていた。
階段を上がるとき、(見えないように)
すそを押さえてあがるのが、美少年が今までに見たことがない、いかにも「女の子」な仕草でよかった。前の学校は平屋で二階がなかったから。

当時、上品な美少年は退屈すると町内を散歩するのが好きでした。小学生が散歩だなんて年寄り臭い感じがしますが、町内をウロウロと歩いていると、好きな女の子に出会えるん
じゃないか、って期待があったのです。
それでうまく出会って(その子の家の前を選んで通ったのですが)、色々とおしゃべりをしました。

上品な美少年は、前の学校のことを。
そしてホンジョウさんは、脚に火傷の傷跡があるので、大人になったら手術をしてキレイにしたい、ということとか。
見せてくれたのですが、確かに内腿の火傷のあとが痛々しかったです。
普段からそういうことを気にしないように脚を出して溌剌としていた女の子だったのです。
ああ、女子はそういうことを気にしたり考えたりするのか、と思いましたね。

特別にそれ以上、仲が進展することはありませんでした。小学生でしたし。
それに、彼女がいたクラスの女子に好みのタイプが多くて、
「○○さんって可愛いね〜♪」なんてことを話していると、だんだん彼女も面白くなかったのか。あるいは「女たらし」と軽蔑されたのか。

まだまだ書くことはたくさんあるのですが、いじめのハナシとずれてきたので、「函館流星群」はいったんここで終わります。


※そういう漫画家さんがいたのです。別冊少女マーガレットに掲載されていた単発のラブコメディが好きでした。主人公はショートのオオカミカットで、ややボーイッシュなタイ
プが多かった。


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いじめたりいじめられたり第九話余談または函館流星群2

2017/03/10 23:16
余談または函館流星群に出てきた、もうひとりの女子児童、おばさん臭いコシダについて。
この子は、ミカちゃんとは対照的でした。
なんといっても、おばさんっぽかったし。
似ているのは色白っていう点だけです。
色が白いのは七難隠すっていいますから。多少はぽっちゃりしていても、お年頃になったら、まあまあ、だったのではないかしら。

このコシダ(下の名前は覚えてない)も、どうも上品な美少年が気になっていたようです。席が隣だったこともあるのですが。
一度、工作の時間、コシダが切った紙か何かが、美少年のズボンの上、ちょうど小用を足す際に開閉するチャックのあたりに飛んできたのです。

コシダは、「あらら、変なところに飛んで行っちゃった」と言いつつ、うれしそうにすばやく手を伸ばして、そこにあった紙切れを拾っていきました。
そんなところに手をやるか、普通は?
小学生とは言え、6年生だよ?
コシダにとっては、絶好の機会だったのでしょうね。


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いじめたりいじめられたり第九話余談または函館流星群

2017/03/10 23:13
いつもコメントを下さる海さんが、同級生の女子に反応なさったので「余談」として語りますか。「H館流星群」は(タイトルにはH=函を明記しちゃっ太!!)、例の迷作マンガを意識してってことで。
仕事帰りのバスの中で一気に書いたので、ちょっと変なところがあるかもしれないけど、そこはご愛嬌ってことで。

同級生のミカちゃんは、背がすらりと高い美少女でした。
色が白くて目がパッチリしていてまつ毛が長くて、ハーフかと思うほどでした。
背が高いだけあって、脚もスラリと長かった。
背は高いけど、現在176センチの身長のうち、胴が120センチ、顔が40センチをしめているハンサムで上品な中年紳士とは違います。

だからといって、ミカちゃんがクラスの男子に持てる、ということはなかった。H館の男子たちは、そういう方面には晩熟だったようです。男子同士で大きさを気にするのは熱心
だったのに。

上品な美少年は、地元の猿同然の男子とは違うので、女子にも積極的に話しかけたりするほうでした。そのため、「女たらし」という異名をいただいたほどです。
まあ、大半の女子からは、「気持ち悪い」と嫌われていましたけどね。

ミカちゃんは、上品な美少年に好意的に接してくれました。
クラスの大半の男子よりも背が高いことを気にしていたミカちゃんですが、今、どうしているかしら?
その気になれば、モデルさんになれそうな女子だったのに。
ただしあの時代の女の子の顔としては、大人っぽすぎたかも知れません。
「芸能人でいえば誰?」という質問をされる方、いますか?
残念ながら該当する人がなし、というか芸能人をよく知らないので誰とも言えません。
強いていえば、フランスかロシアのフィギュアスケート選手、という感じでしょうか。

まあ二キビだらけの色気に目覚めた上級生が目をつけたのも無理もない。
彼女とニキビ上級生を引き合わせることにならなくてヨカッタですよ。


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【いじめたり】いじめられたり第九話補遺の2

2017/03/10 18:13
H館の小学校での2年間が最悪でした、という話の補遺その2。
基本的にいじめられる側でしたが、いじめる側でもありました。

いじめたのはマンガの中です。
ものすごく下手な絵でしたが、西部劇風のマンガを描いていました。
登場人物のモデルは、同級生たちです。
連中をマンガの中で強盗役にして射殺したり、決闘で射殺したり。

しかもそれを、包み隠さず堂々と教室で描いては見せたりしていたのです。
モデルになったヤツも読むことがありましたが、それを理由に暴力を振るわれた、ということはありません。

私がクラスでも身長の高いほうだった、ということもあるでしょう。
ケンカは弱くても、ムキになって暴れるとやっかいだと思われていたのかも知れません。
本当の意味でのいじめられっ子ではなかった、なりきれなかった。

そういえば、その小学校には特殊学級というものがありました。
知的障害のある児童のクラスです。
そのクラスにN田という同年齢の子どもがいて、折に触れては皆でからかっていたものです。一応、そういう子どもたちをからかってはいけないという建前はありましたけど。

そのN田もマンガに登場させました。
愚かな脇役、という設定でした。N田が口にした妙な言葉をマンガの台詞にしたりして。そのマンガをN田に見せることはありませんでしたが(一緒に遊んだりはしないし)、今にして考えれば、思いやりのない行為でしたね。

と、こうした事情を「補遺」というカタチでさらっと流そうとしているトコロに、自分のいじめ行為を世間に公表したくない、できるなら隠蔽したい、なかったことにしたい、と
いう狡さを読み取ることができます。
できたら、読み取らないで欲しい!



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いじめたり【いじめられたり】第九話補遺

2017/03/10 18:10
H館の小学校での2年間が最悪でした、という話の補遺です。
色々とイヤなことが多かったのですが。
まず最初にトイレです。

男子も女子も同じ空間なんですよ。
もちろん、女子トイレ=個室はあるのですが、男子トイレ=小用が個室の前にずらっと並んでいる。

個室がたくさんある男子トイレを女子も使っている、という感じでしょうか。しかも男子小用は壁に向かって放尿すると、下に掘った溝を流れていく簡易的というか原始的なもの。便器はなし。中国の便所かよ、というものでした。

一応は上級生用トイレでは、壁で仕切ってあります。
しかし低学年用トイレには仕切りなし。胸または腹(身長によるのだが)の高さに、棒が渡してあって、前につんのめらないようになっているばかりでした。

つまり横からは、男子のあそこが見えてしまうのですね。
そういう低学年用トイレで育ったせいなのか、H館のその小学校のそのクラスの男子は、お互いのあそこを確認する風潮があるようでした。

転校してはじめてトイレに入ったとき、となりで用を足していた橋幸夫に似た同級生が、仕切り越しに、当方の放尿をのぞき込むのです。
そして、「お前の、デカイな!」と叫んだのでした。

橋幸夫に似た同級生、キクチというのですが。
「でかい」と大喜びして教室に駆け戻っていったのです。
手も洗わずに。よくもまあ、しまい忘れずにいたものです。

キクチの報告を受けた男子どもは目を輝かせて興味津々でした。一体全体、あそこが大きいか小さいか、何がそんなに面白いのか理解できませんでした。

君らだって、似たようなものを持っているだろう?
カタチが異なっているならまだしも、背の高いひくい、太っているやせているのと同じではないか。

今ならば、「くだらないことで騒ぐな」とか、「ふーん、それがどうしたの」とか、「どうだ、まいったか」と切り返したりやり過ごしたできるのですが、何しろそのときは、あそこの大きさが話題にされた初体験です。すっかり動転してしまっていたのです。
ハズカシイ、という思いもありました。背の高低とは意味が違う、ということを無意識に悟っていたのでしょう。

その後、上品な美少年がトイレに行こうとすると、「大きさを確認する」ために誰かがついてくる、という事態に悩まされました。おかげで、休み時間にトイレに行けなくなったのです。
どうしても我慢できないときは、授業中に「先生、オ○ッコ!」と手を上げる荒技も使いました。そういうときは、こころゆくまでのんびりと放尿を楽しんだものです。

この一件は2年間後を引き、修学旅行でも小便を我慢し、風呂にも入りませんでした。

もっとも帰りの青函連絡船で、小便で一緒になった別のクラスの男子が、「人のものを覗き見するなんてくだらない」といってくれたてヨカッタ、と感じたようなことがあったような気がする。

それにしても、男女共用のトイレでは、思春期を迎えた女子児童もイヤだったろうなあ、と今にして思います。
小便をしている男子(当然、あそこを出している)の後ろを通るのも、そこで個室に入るのもイヤだったろうなあ。
低学年用トイレでは、横から見えちゃうワケだし。

まあ当時は自分のことで精一杯だったから、そういう女子の心情を忖度するゆとりはありませんでしたが。





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いじめたり【いじめられたり】第九話

2017/03/10 06:36
こうして振り返ってみると、当時のクラスで裏切り者の烙印を押されたり、村八分の扱いをされていたことはそれほどダメージになっていなかったんだな、と分かります。
そういえば、それが元で不登校になったとかハゲたとかいうことはありません。
ハンサムで上品な中年紳士になってからハゲたのは別の原因です(ハゲた友達がいるせいだ、とか)。

それより深刻だったのが、5年生のとき、6年生に目をつけられていたこと。
公園で遊んでいると因縁をつけてくるのや、空き教室に連れ込まれて脅されたこともあります。

何を脅されたかというと。
「お前のクラスのミカちゃん(という背の高い美少女!)をつれて来い」というのです。
何でボクに言うのかなー?と不思議でしたが、紅顔の美少年を使いにすればミカちゃんも喜ぶと思ったのでしょう。

で、ミカちゃんにその旨を伝えると、
「その呼び出している6年生って、顔中ニキビだらけの気持ち悪い人でしょ、イヤダ!」
とけんもほろろ。
で、気持ち悪い顔の6年生にその旨を伝えると、ガッカリしてました。
それ以後、ニキビ男に何かされた、という記憶はあまりないなー。

これを書いてから思い出したのだけど、美少年はミカちゃんの家の近くで話をしていることがあった、と思う。
それを見て、ニキビ面は嫉妬すると同時に、かの美少年に頼めばミカちゃんと話ができると思ったらしい、ということを聞いたことがある。
教えてくれたのは、コシダというおばさん臭い同級生(女子)でした。




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はい、泳げません(高橋秀実)

2017/03/09 20:10
この本を読み終わって、いや、読み終えるまでに何度も、プールに泳ぎに行きたくなりました。
ハンサムで上品な中年紳士が水泳を覚えたのは、20代後半のころ。アーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画(プレデター)や、シルベスタ・スタローンの主演映画(ランボー2)を観て、力強い泳ぎっぷりに憧れて習い始めたのです。それまではカナヅチでした。
1年か2年がかりで泳げるようにはなりましたが、この本の筆者ほどには思い悩むことはなかった!本当に、高橋秀実は理屈っぽいですね。

プールで泳ぎを習っていて、息が続かないから立った、沈みそうだから立った、というのは普通です。
しかし筆者は、あれが腑に落ちない、ここが気になるといって立ち止まって(泳ぎ止ってというべきか)立ってしまう。
そこで立つか?という場面がたくさん出てきます。

水泳という極めて言語化が難しいであろう動作を、テキストに置き換えていく力量には並々ならぬ体力と筆力を感じます。
それでもなお、読んでいて腑に落ちない箇所がいくつかありました。

書いてある通りにしてみるのですが、一向に筆者が言うようなことがおきないのです。
手のひらを下に向け〜略〜、そうすると体が合気道の技を決められたようになる、というのですが、何度やってもそうはならない。
筆者の説明が間違っているか、ハンサムで上品な中年紳士の読解力が足りないのか、筆者とハンサムで上品な中年紳士では体の構造が違うのか。

まあ細かいことはさておき、伸びて縮むことで前に進める、といった力を抜いた泳ぎの話を読んでいると、プールに行きたくてたまらなくなったのです。

昔は市民プールがあって、安く泳げたのですが、民間のプールは高いしなあ。






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いじめたり【いじめられたり】第八話

2017/03/09 12:28
さて、裏切り者としてクラスの村八分、仲間はずれにされてさぞかし辛かっただろうね、と思われる方もいらっしゃるでしょう。
それがそうでもないんです。
別にあのクラスのガキどもが友達だとも感じていなかったし、家に帰れば昔から一人で遊んでいたし。

だいたいがして、H館の小学生どもは、遊びといえばボール遊びしか知らないようでした。
二人寄ればキャッチボール、三人集まればミニ野球、そしてクラス全員集まれば野球の試合。
野球バカか、お前らは!
信じられないことに、学区のある町内に少年野球チームが三つもあって、クラスの男子のほとんどがどれかのチームに属していたのです。

大人も子どもも野球バカばかっり!
実際、大人の素人野球チームもあって、朝晩は町内のグランドで野球の試合をやってました。
ちなみに当時暮らしていた官舎は、通称三角グランドと呼ばれた野球グランドが目の前にありました。
三角定規(各辺の比率が3:4:5のほう)の鋭角部分が児童公園になっていて、そこでよく遊んだものです。

あんなもの、何が面白いのか。
一度、誘われて参加したことがあるけど、ちっとも面白くない。
ご飯だよ、と母が呼ぶので「じゃあねえ」と帰ろうとしたら、「試合中に帰るな!」と怒るし。
試合って言っても、クラスの中でチーム分けしただけだよ?
人数足りなかったら、そっちのチームから出せばいいじゃん?
まあ、草試合とは言い条、途中で投げ出すのは(今にして考えてみれば)どうかとも思うけど。

野球の余談が過ぎた。

閑話休題

そういうワケで、つまらないボール遊びしかできない連中といるよりも、ひとりで模型を作ったり庭の虫を眺めているほうがはるかに面白かったのですね。
できたらほうっておいて欲しかった。
だから「裏切り者」待遇でないときに、ちょっとしたことで因縁をつけられるほうが鬱陶しかくてイヤだった。殴ってやりたい、と思うのはそういう思い出の中にいる連中です。

因縁に対して美少年らしく毅然として反論すると、
「転校生のくせに、新入りのくせに生意気だ」ときますからね。
これは男子だけでなくて、女子もそういうことを言いました。
新入りって、別に軍隊じゃあるまいし。同じ小学5年生だよ?
地元はえらい、この地域の生え抜きであることに価値があるって感覚には辟易しました。

今でも、地元の友達が大切といった狭いコミュニティから抜けきれないような発言や、地元の名前を背負ってヤンキー風ソーラン節を踊っている人間が好きになれないのは、当時のトラウマなのかも知れません。


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いじめたり【いじめられたり】第七話

2017/03/08 18:06
さて、クラスの幹部がターゲットにされるイジメの循環ですが。
ターゲットに対しては「裏切り者」という烙印が押されました。
何をどう裏切ったのかは不明です。
当時の紅顔の美少年、現在のハンサムで上品な中年紳士も「裏切り者」にされました。
ターゲットとしゃべったから、というような理由で、2〜3人が裏切り者にされたのです。
ターゲットをまったくの孤独にさせない、孤立させないという配慮だったのかも知れません。

毎回のように、この「裏切り者」に巻き込まれました。
そんな烙印はほぼ、気にしていなかったのですが、周囲が気にするんですね。
マツヤくんという児童がいて、家が近所だったこともあってよく話しかけていたのですが、
「裏切り者の烙印を押された貴殿と口をきけば、それがしも同罪と相成る。どうか話しかけないでいただけないだろうか」というようなことを、もっと田舎の子どもっぽい言い回しでされました。

それで「裏切り者」の最中は、他の児童に声をかけないように気を使うようになりました。
それまでは無頓着だったので、当時から「空気を読まない」性格だったのですね。


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いじめたり【いじめられたり】第六話

2017/03/07 12:24
5年生のとき、突然始まった、ひとりの児童をターゲットにした異様なイジメ事件の続きです。

その児童なのですが、クラスの中心的なガキ大将の一人だったのです。

そのクラスには、ヤマダという野球部のキャッチャー以外に役割が見つからない外見の少年が大ボスでした。
その下に、シラカワ、サクライ、ノトダという幹部クラスがおり、その下にサイトウという猿そっくりのチンピラ風もしくはヤクザの鉄砲玉みたいな児童がいました。
以下、それぞれの実力に応じた序列がつけられていました。

イジメ事件のターゲットが、幹部のひとり、ノトダだったことに大いに驚かされました。
しかもこのイジメは、その後には、シラカワ、サクライ、サイトウらが順繰りにターゲットにされていきました。おそらく、大ボスのヤマダの気分ひとつで事態が動いたと思われますが、真相は不明です。

何しろ、いくら将来はハンサムで上品な中年紳士で頭がハゲることが約束されていたとは言い条、そのころはただの美少年であり、クラスのガキ大将幹部には加わっていませんでしたから。
何しろ、転校生ですからね。ずーっと、「よそ者」とか「新入り」とか言われてました。

大ボスのヤマダは、話してみると気の良いヤツだったのですが、もしかしたら、クラスの統率上、誰かをイジメターゲットにして、一致団結させるというテクニックだったのかもしれません。


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公募案件への応募作の書き方・書くための体力

2017/03/06 12:35
先日、甘木社童話賞に応募しました。
(とは言い条、15日くらい前ですが)

着想はともかく、実際に手を動かして書いたのは、締めきり三日前。
最初に書き上げた原稿、400字×9枚相当に要した時間は約3時間。

もちろん、3時間びっしり手を動かしていたワケでもありません。
だいたい、400字書いてはひとやすみ、という感じでしょうか。

日頃、雑誌や新聞投稿、あるいはブログに掲載する文章を書いていますので、
400字くらいなら一気に書けます。
400字が目安、といってもいいのかも。
逆に言えば、400字が限界。

400字書いては休み、
400字書いては一息入れて、
400字書いてはトイレに行って。

こんな作文体力では長編を書くなど、思いもよりませんね。少しは、

村上春樹
先生を見習った方がいいのかも。


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いじめたり【いじめられたり】第五話

2017/03/06 12:29
いじめに関して最悪だったのは、H館の小学校です。
田舎町から都会に転校して洗練された生活が始まると思いきや。
そこには思い切り閉鎖的な田舎臭いコミュニティーがありました。

小学校五〜六年時を過ごしたこの小学校には(そのクラスだけなのかもしれないが)
順繰りに誰かを仲間はずれにするという陰湿な風習があったのです。
他にも色々とイヤな思い出ばかり多い2年間でした。
今でも「あいつらを殴ってやればヨカッタ」、と悔やまれる、こともある。
五年生のころは、六年生にも目をつけられて、呼び出されてネチネチ脅されたりしました。
ただ直接、ひどい暴力を受けた記憶はないんです。
もしかしたら、先に手を出させるのが狙いだったのかな?
ああ、まったく陰険で陰湿でイヤラシイ連中でした。

さて5年生のころのイジメです。
転校して間もないころ、教室でボーッとしていると、突然、何か騒がしくなったのです。
ひとりの児童を数人で取り囲み、罵倒するように大声をあげています。
手は出しません。顔を近づけて罵倒するだけ。

やがてイヤな遊びをはじめました。
消しゴムにその児童の顔を書き、芯が出入りするノック式ボールペンに挿す。
そしてノックしてペン先を引っ込める。
すると首が落ちる、という遊びです。
「クビチョンパ」と称して、イジメターゲット児童への呪いですな。

最初は数人がやっていたのですが、そのうち、クラス全員がそれを始めました。

始めた、というより強要されていたのです。
女子も巻き込んでやってましたから、もはや暴力(物理的な力は伴わないにせよ)の嵐。
ちなみにハンサムで上品な紳士、には、まだまだ若い若すぎる美少年も強要されました。

一度は断ったのですが、ニホンザルが発情したような風で、
「やれよ! やらねーのか? てめえも裏切りものか?」と威嚇されました。
それを断固として拒否するほど、肝も据わっていなければ覚悟もありません。
何より、そこまで義理立てするいわれもありません。

ターゲットになった児童は、黙って涙を流していました。
声もたてずに涙だけ流す子どもを、そのとき初めて見ました。

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公募案件への応募作の書き方・400字詰原稿用紙フォーマット以外の場合

2017/03/05 15:39
400字詰原稿用紙に合わせて、全角20字で改行したフォーマットを生成する、ということを以前に書きました。

トコロガシカシ、その後で「400字詰原稿用紙フォーマットではなかった!」ということに気づいたらどうしましょう?
めったにないことですが、たまにはあります。
手書きの場合は400字詰原稿用紙だが、パソコンやワープロで印字する場合は40字×30行にしろ、なんて指定をする公募案件があるんです。
中には、A3の紙に横書きで2字×128行、なんて指定をする公募案件もある、かもしれないけど、さすがに見たことはありませんが、見たことがないからといってこの世に存
在しないという証明にはなりません。

MS-WORD などで原稿用紙フォーマットで書いている場合は、フォーマットを変更すれば済みます。
テキストデータそのものを整形してしまうと、ちと面倒です。
そういう面倒があったとしても、テキストエディタで書く利点のほうが大きいのでやめられないのですけれども。

さて、全角20字で改行したテキストを整形しなおすには。
一番簡単なのは、パラグラフごとに改行を削除してやることです。
改行の削除は、置換コマンドを使ってまとめて行います。

テキストエディタの検索(置換)メニューを起動し、
検索文字列を「\n」に指定、
置換文字列は空欄のままで実行すると、改行が削除されて、次の行とつながります。

全文を対象せずに、パラグラフを選択して行うのがコツです。

万が一、全文で一気に改行削除した場合は、字下げ(全角スペース)を「\n」と全角スペースに置換することで直せるはず。ですが、字下げ以外(疑問符の後ろなど)
で全角スペースを使っていると整形が乱れるかもしれません。

awk のスクリプトを使うといいのかも知れませんが、そこまで行くと誰もついて来ない気がする。
そもそも自分でも、awk のスクリプトの書き方なんて忘れてますし。


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いじめたりいじめられたり第四話

2017/03/05 11:08
小学二年生になるタイミングで転校したのは、北海道の田舎町でした。
当時すでに鉄道は通っておらず、かなり辺鄙な場所。人間よりもカラスのほうが多いんじゃないか、というくらいにカラスが空を覆うように飛んだりする漁港の町でした。

王子製紙がある都会から転校して来た子どもなんて、ずいぶんいじめられたんじゃないかと、想像される方もいらっしゃるかも。
ですが、時々、ケンカすることはあっても、集団でのいじめ、ということはなかったと思います。
集団の連係プレーでいじめをするほど、文明が発達していなかったのかも知れません。

たぶん実際には、よそ者でありいじめるにも値しない、と思われていたような気もします。
それほど親しい友達がいた、という記憶もないし。

なにしろ一番仲良くしていたのは、近所のお寺に飼われていた雑種の犬です。
当時、その町で大半の犬が放し飼いでしたので、気が向くと呼ぶんです。
すると一直線に飛んでくる犬は誰よりも仲のよい友達でした。
その友達も、二年目の冬に死んじゃいましたけどね。

19歳になって、自分の家で犬を飼い始めるまで、あんな素晴らしい友達ができたことはありません。



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見えない敵(阿部夏丸)

2017/03/04 19:20
タイトルだけ見ると、まるで一昔前のSF漫画みたいですが、小学6年生の少年たちのひと夏の物語です。ひと夏の物語とは言い条、甘酸っぱい初恋とか異性への関心、という方面ではありません。

子ども同士の確執と友情の物語で、背後に川の流れがあります。
これはもう、具体的に川で魚を釣ったりというハナシ。
豊かな自然環境は昭和四十年代の風景です。

釣の名人だけど気が弱い主人公、子どもたちのボス、ボスの側近、都会から来た転校生という役者が揃って、美しくも息苦しい人間ドラマを展開します。
この4人よりひとつ年下の少年が、またいい味と存在感を出してます。
キャラクタ設定が見事!

そして作者、阿部夏丸は川の魚や水棲生物が大好きなようで、随所にその知識が活かされています。
他の著作も水棲生物が主人公であることが多く、まさに得意分野を存分に活用したケースですね。

で、「見えない敵」とは何か?
「秘密基地ごっこ」をする際に想定していた「見えない敵」。
それは、それぞれの少年にとっての「敵」です。
自分の弱さだったり、大人の理不尽だったり、よそ者を排除しようとする社会だったり。
ラストシーン、子どもたちのボスが「見えない敵」と戦うシーンは象徴的です。






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いじめたり【いじめられたり】第三話

2017/03/04 11:05
小学一年生の夏休み前だったと思いますが、転校生がやって来ました。
Nというのですが、こいつが暴れ者の乱暴者のガキ大将。
普通は転校生がいじめられるものなのに、こいつは転校生のくせにいじめる側になりやがった。
転校初日から、すごい人気ものだったんですよ。
男子が大勢で取り巻いて。
後年ハンサムで上品な中年紳士になる紅顔の美少年は、その取り巻きに入りませんでした。
そのせいで、憎まれていじめのターゲットになったのかも知れません。
顔をつねったり、鼻を潰すようにひねったり、なんか陰湿な暴力を受けました。

美少年にもよほど鬱憤がたまっていたらしく、大きな段ボール箱を殴ったり蹴ったりしてボロボロにした。
そして日記には
「ダンボールのはこをNだと思ってメチャメチャにこわしました」と書いた記憶があります。

学校の屋上で、「Nのバカヤロー」と叫んだこともあります。

もっともそのときは、誰かに聞かれたらNに告げ口されるのではないかと急に恐くなりました。
それでその場から走って逃げ出そうとしたら、転んで膝を派手にすりむいたという間抜けなエピソードがつきます。

このまま二年生も同じクラスだったらイヤだな、と思っていたら、自分が転校することになりました。
喜んだことは言うまでもありません。

終業式の日だったか、みなからお別れの挨拶をもらった際、
「ボクはいつもガキ大将で、いじめてばかりでごめんなさい」とNが照れたように言いました。
小学校一年生にしては、やけに立派な挨拶だと思いませんか?


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【いじめたり】いじめられたり第二話

2017/03/03 18:30
それにしても、小学校入学前に近所の男の子をいじめたのは、考えてみたらやり口が酷かったです。
腹を殴ったり、後ろからおぶさった状態で両足を相手の両足に絡めて転ばせて押しつぶす状態にしたり、自分より早く走ったという理由で突き飛ばしたり。

いやあ、酷い!
相手が弱いのをいいことにやりたい放題。
しかも、彼の声が甲高いことから「キンキン」なんて呼んだりして(キンキン声、ということです)。

で、そのキンキンが先に小学校にあがると、クラスの友達を連れてきました。
敵討ちを頼んだのか、年下にいじめられているというのを聞いて勝手に義侠心を起こしたのか。

このめっぽう友達が強くて、こっちは手も足も出ませんでした。
初めての強敵と出会ったハンサムで上品な中年紳士になるべく運命付けられていた幼子はどうしたか?

勇敢にもシッポをまいて逃げ回ってました。
で、そいつをうまくまいて、キンキンをとっちめようとしました。
ところがキンキンは、大声で友達を呼ぶんです。
まったくもって卑怯なヤツです。

こっちは仕方がない。
逃げましたとも。
それ以来、キンキンを泣かすことはなくなったか、どうか。
キンキンも学校の友達と遊ぶほうが忙しかったでしょうし。


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いじめたりいじめられたり

2017/03/02 12:21
自分の子どものころを思い出すと、あいつにいじめられた、こいつにもいじめられた、と恨みばかりが記憶の淵からよみがえってきます。

トコロガシカシ、因果応報といいましょうか、いじめられてばかりいたワケではありません。
いじめっ子だったころもあるのです。

ざっとまとめると、
・小学校入学前→いじめっ子(近所の一歳年上の子を毎日泣かしていた)
・小学校一年生→いじめられっ子(転校生してきたガキ大将に毎日泣かされた)
・小学校二〜四年生→田舎に転校したので、時々いじめられたが、それほどではなかった
・小学校五〜六年生→H館に転校し、ほぼいじめられていた
・中学一年生→いじめを覚悟していたが、クラブ活動に夢中だったせいかいじめられるヒマもなかった
・中学二〜三年生→一部の生徒と衝突はあったが、何とか乗り切れていた
・高校生→いじめなんてしているヒマは自分にも周囲にもなかった。ただし軽く見られてはいた
・浪人生→いじめてくれる人もいない
・大学生→甘木学園大学のG研究会で、今風に言えば「いじられて」いた
・社会人→ハンサムで上品な中年紳士を僭称しているせいか誰からも信用されない人間になった

どっちかというと、いじめられる側、だったのかしら?


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下に見る人(酒井順子)

2017/03/02 12:20
いじめには被害者もいるが、加害者もいる。
世間では被害者の声が取り上げられることは多いが、加害者のそれはほとんどない。
何故か?
答えは簡単なことで、いじめの加害者は、いじめをしたことを口にしたがらないからです。
「口にしたがらない」なら、まだマシな方かもしれません。中にはいじめをしたことをきれいさっぱり忘れてしまっている人、いじめをしたという意識すらない人も少なくないはず。

エッセイストの酒井順子が、「自分もいじめをした、いじめをしたかもしれない、あれはいじめだったのかも」と過去を振り返って告白する、なかなか衝撃的なエッセイです。

巷間、いじめ問題について取り上げられることは少なくありません。しかし、どうも議論が上っ面だけを滑っているように思えます。いじめはよくない、いじめられた人の気持ちを考えよう。
アタリマエのことを表明して、自分たちはいじめを許しません、というポーズを作っているだけ、に見えてしまうんです。

人はなぜ人をいじめるのか。その深層心理は、相手を下に見て、自分の優位を確認したいという欲求から生まれる。その「相手を下に見る」ケースを様々な事例を引いて解き明かしていきます。

「人をいじめて喜ぶ、人を見下して自分の優位性を確認したがるのが人間であり、自分の中にもそれがある」ことを素直に認めて、肝に銘じることが大切なのです。

もっとも中間部では、職場や世間のありがちな風景を描く、いつものサカイのエッセイという風でもありますが。まあ、一冊丸ごと重いハナシでも疲れますので、SNSで「大変な自分」の自慢をする人のエピソードで息抜きをしてくださいな。






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公募案件への応募作の書き方・手書きも皆無ではないが

2017/03/01 12:25
ブログタイトルの「電子作文で行こう」通り、文章はすべてパソコンなど電子機器で書きます。
ですが、手書きを併用している時期もありました。
携帯パソコンではなく、原稿用紙ノートを持ち歩いていた時期もあります。
それに原稿を下書きしておいて、パソコンで清書するというやり方です。

後から読めないミミズの断末魔文字をなんとか多少なりとも読めるように書くのが大変でした。
パソコンで清書する、とは言い条、まったく同じく書き写すのではありません。
編集したり手直ししたりはします。

面白いことに、手書きと電子作文した(パソコンで書いた)ものでは文章が微妙に違ってくることです。
どこがどう、というのは難しいのですが、どこか違ってくる。

ためしに電子作文したものを手書きで書き写してごらんなさい。
きっと、「ここはこうじゃない」という感覚があるはずです。

こうなると、電子作文が自分の文体なのか、手書きしたものが自分らしい文章なのか迷います。


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予定稿がたまってしまって

2017/03/01 12:24
ブログにアップしようと思っている文章が、かなりたまってます。
テーマを決めて書いていたら、あまりにも長文になったので分割したり、内容で分けた方が読みやすいだろうということで分割したり。

そんなことをしているうちに、40件以上、書き溜めてしまいました。
あまりためてもしようがないので、書いてはアップを繰り替えしていたら、二月のブログ記事は四十三件に達してしまいました。

一日に1件投稿するのが標準とすれば、約1.5倍でしょうか。
量が増えた分だけ、内容は薄くなった気もしますが、元々こんなもんだ、という気もします。
髪の毛の薄さは変わりないように思います。


原稿料もでないのに、何やってんだ、とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。
そういう方は、どんどん原稿料を振り込んでくださってかまいません。


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