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FP3級試験の自己採点結果に喜べない理由

2018/01/31 12:21
FP3級、つまりファイナンシャルプランニング3級技能検定の試験結果を自己採点したところ、たぶん正答率6割で合格圏内と思われます。なのに嬉しくないのは、うっかりミスがあったり、「ここは絶対に覚えておかなくちゃ」というところで間違えたりしたからです。

6割出来ていたから合格でいいじゃないか、とは喜べない、もうひとつの理由。
それは今回の検定が仕事に関連した知識だからです。実際に職場でファイナンシャルプランナーの知識を活かす仕事をしているワケではありません。
しかし仕事と思えば、6割の出来というのは全然ダメ、というレベルです。

仕事といっても色々ですけれども。
野球選手の打率だと、3割で上等ということらしいですね。しかし相撲なら勝率3割では番付が下がるはずです。少なくとも勝ち越し(幕内なら9勝)、できれば10勝以上が望ましい。

一般的な会社員でも、新規の顧客開拓で6割の成約率なら大変なことだと思います。異常といってもいいほどの成約率でしょうね。

シカシナガラ。
事務的な仕事で、書類を作って6割しか正しく出来ていなかったら、完全にダメ社員の烙印を押されるに違いありません。事務仕事は100%出来て当たり前の世界ですから。100%出来ていても誰もほめてくれません。ほめてもらいたいワケでもありませんが。

そういうワケで、6割の出来で合格してもさほど嬉しくはない、まあ落ちるよりかマシ、という程度の気分にもなろうというものです。
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FP3級試験の自己採点結果

2018/01/30 12:11
FP3級、つまりファイナンシャルプランニング3級技能検定の試験結果を自己採点してみました。
学科は60問中41問正解、実技は20問中12問正解でした。
合格ラインは8割正解だと思っていたので、「残念ながら不合格か、残念であるが当然か」と恬淡としておりましたところ。
よく調べてみると合格ラインは6割正解らしいです。
すると学科は60問×0.6=36問、実技は20問×0.6=12問正解で合格、という計算ですな。

学科は41問正解なので68%ですからまだしも、実技はちょうど60%です。
これで合格したとしても、あまり嬉しいという気分ではありません。
まあ、「やれやれ」とか「受験料が無駄にならなかった」とか「これで同じ試験を二度受けなくても済む」という気分です。嬉しいより、ほっとしたというところでしょう。

これが正答率95%くらいなら、大手を振って大喜びするところなのですが(変な表現だけど)、6割ちょうどじゃあねえ。

大学入試みたいに、入ることが目的ならば合格さえすればすればヨイ、と割り切れますが、自分の知識を確かめる試験では、ギリギリでの合格は面白くありませんな。

まあ、持帰った解答用紙へのメモが間違っていなければ、マークシートにミスがなければ、問題用紙と街角で拾ったチラシを間違えて提出していなければ、という条件付ですが、一応は合格したらしい、ということで。

確報をお知らせできるのは、2018年3月8日の発表の後です。
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(2018年の)一月から始まったドラマについてメモ

2018/01/29 17:43
今年(2018年)も一月からドラマが始まりました。全部をみているワケではありませんが、いくつかのドラマについて感想を記してみます。

「西郷どん」
NHKの大河ドラマでは恒例の幕末ものです。司馬遼太郎の「翔ぶが如く」では、頭の固い老害のように描かれていました。このドラマでは林真理子の小説が原作だそうですが、脚本も含めてどう描かれるのかが楽しみです。
大河ドラマでは、俳優のイメージを慮ってか、どの人も「いい人」に描かれて面白みに欠けることがあるのですが、西南戦争に至るまでの西郷はどう描かれるのか。
その前に岩倉具視との謀略のあたりはどうなるのか。

前々作の大河では途中で死んでしまった黒木華が最後までみられるのは嬉しいな。
気になるのが島津斉彬が渡辺謙という点。どうもピンときません。ちょっと老けすぎではないか。

「アンナチュラル」
石原さとみはやはりうまいし可愛いなあ、と思います。脇役陣も安定感があるし、ストーリーもテンポがよくて退屈な場面が皆無です。登場人物が持っている秘密が提示され、それが次々に明らかになる展開もよいです。

「海月姫」
主役の二人が好きで、大いに期待していたのですが、蓋を開けたらずっこけました。原作は漫画らしいのですが、原作のイメージにとらわれすぎたのでしょうか。
アンナチュラルは脇役が光りますが、こちらは脇がみていられませんでした。

「もみ消して冬」
主役の山田亮介がとてもかわいい。
こういうのが新入社員で入ってこないかなあ、と思いますがまず無理ですね。
脇役陣に主役級をそろえているだけに、安定しています。その安定感で思い切り悪ふざけしているのですから面白いに決まっている。けれども、毎回みるかというと、う〜ん。

「ファイナルカット」
これまではマスコミだけの特権だった映像による個人攻撃が、インターネットやIT機器の進化により一般人に可能になった。そういうドラマです。
ドラマの構造は「嘘の戦争」に似ている、というか同じか。

「99.9」
主人公の笑顔があまりよくない。人を馬鹿にしたようで好感度がない。
いや、別に主演の松本潤が悪いのではない。脚本がよくない。

例えば、相手が頭を下げているのに、薄ら笑いをして黙って去っていく場面があった。
いくら何でも失礼ではないか。仮に相手に非があっても失礼だ。
しかも頭を下げている当人には非がない。その人が属している役所の、別の人間の非を代わって詫びるという場面なのだ。薄ら笑いのまま、無言で立ち去っては人間性が疑われてしまう。
いくら、その件についての怒りが大きかったとしてもですよ。

ついでに言うならコメディリリーフの俳優も騒がし過ぎる。
見ていてうんざりします。



※雑誌の映画評みたいに星印で評価しようかとも思いましたが、やめました。
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本日は試験日なり

2018/01/28 18:37
今日はFP(ファイナンシャルプランナー)3級の試験日です。
金融とか保険とか、もっとも苦手でよく分からない分野なんですけど。

まあ、受かったら奇蹟か採点の間違いかカンニングか地球温暖化の影響のいずれかでしょう。


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スマートフォンユーザーになってしまった2

2018/01/27 16:59
会社からスマートフォンを支給され、「生涯、携帯電話もスマートフォンも持たない、そうやって死んでいくのだ!」という誓いを破るような事態が出来。まあ、自分で買ったものではないので、誓いはまだセーフということにしましょう。

会社支給のものですから、要するに備品ですな。備品は大切に扱わなくてはいけません。そこでスマートフォン用のケースを買いました。これは自腹です。
ソフトバンクからのレンタル品なので気にしていないのか、会社ではケースまでは用意してくれなかった。

ケースは赤いビニールレザーの手帳タイプです。

画像



開くとこんな感じ。
用意されていたデータの中から一番気に入った画像を壁紙にしてみました。

画像



一般的な手帳タイプケースは3千円前後するようですが、さすがにそこまでは出せません。限度額千円で探していたら、これしかなかったのです。よりによって、こういう赤、ですからねえ。
本当は水色がよかったのですが、仕方ありません。

仕方ないとは言い条。
不倫相手の人妻(五十代)と別れ話を巡って口論になり、誤って殺してしまった現場から身元を隠すために持ち去ってきたようなシロモノです。



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スマートフォンユーザーになってしまった

2018/01/26 12:27
携帯電話もスマートフォンも持っていませんでした。
それで不自由はなかった。
携帯電話の類のモノは、一生持たずにいようと思っていたのです。

トコロガシカシ。

先日、勤め先から業務用のスマートフォンが配布されました。

自分で買ったんじゃないから、「一生持たずに」に誓いは破っていません。
ということになるのかしら?

「一生持たずに」いるつもりだった割には、実際にスマートフォンを手にすると、それなりに面白い。
カスタマイズしたり、自前で手帳型ケースを買ったりしています。

他の社員は会社の備品にそんなお金はかけません。
別にハンサムで上品な中年紳士が愛社精神に溢れているというワケではありません。
珍しくてはしゃいでいるだけです。
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寒波襲来!!

2018/01/25 12:16
全国的にキビシイ冷え込みが続いています。
雪もたくさん降り積もっています。
地球温暖化はどうなったのでしょうか?
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孤独のすすめ(五木寛之)に書いてあったこと2

2018/01/24 22:08
先日、いつもコメントを下さる田舎おじさん様のブログにて、映画ジオストームに関する感想を書き込みました。

日本人を初めとしたアジア人は、自然に対抗しようとする意識が薄い、しかし欧米人にとっては、自然環境は征服すべきものだ、といった内容を書いたのですが、その元になる考えは本書からいただきました。

たとえば登山を例にとった一節なのですが。
欧米人は、山頂を極める「征服」と表現します。日本人は、富士山に登っても「征服」したとは思わないでしょう。それは富士山頂にはすでにたくさんの人が登ったから、ではない。
ご来光を拝むことを楽しみに登る人が多いことから分かるように、無意識にも祈りとか畏れというものを感じているのです。

どっちが正しいとか、どっちがよい、というハナシではありません。
価値観の違いというものがある、ということを認識しておこうよ、というハナシです。

まあ最近は日本でも、近代化=都市化=自然のコントロール、という環境が進んでいますけれども。





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孤独のすすめ(五木寛之)に書いてあったこと1

2018/01/23 22:04
珍しくブンガク的なカオリがする本に手を出してしまいました。
実際にはブンガク的カオリというよりも、年寄り臭い内容なのですが。
シカシナガラ。
年寄りを嫌ってはいけません。本書でも、嫌老社会ということについて触れています。年金をもらいながら、ぬくぬくと暮らしている老人が憎い、という人間が少なからず存在することを受けてのハナシです。
このままでは、老人と若い世代の世代格差どころか、世代間闘争になってしまう、と作者は危惧しています。

まあ実際には、老人を憎んでいる若者も中高年も漏れなく老人になるのですから(死なない限りは)、老人に対する憎悪は一定の程度にとどまるような気はします。

さて本書で語られるのは、そうした暗い老人問題ばかりではありません。
不要なものは捨ててしまえ! と合理化が進む世の中に対する反論が試みられています。
他人から見たらガラクタみたいな品物でも、本人にとっては思い出深い品である、ということがあります。
そういう思い出を大切にしよう、と語りかけてくるところに作者の滋味が感じられます。

まあ思い出の品をためすぎる(東京ドーム3杯分とか)は行きすぎとしても、古い日記や写真、旅先で買った小物などを手にとり思い出にひたる。そうした穏やかな時間を否定する権利は誰にもありません。

もっとも、五木寛之のように感性が豊かなら、古ぼけたコースター一枚からでもパリの街角のカフェで飲んだカフェオレの味や、笑いながら通り過ぎて行くパリジェンヌの挨拶の声音を思い出せることでしょう。
凡人にはそこまでのイマジネーションがないので、写真を撮りまくったり、それでも足りなくてスマートフォンで動画を撮ったりもします。

さてさて、よりスマートなライフスタイルはどちらでしょうか?




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応募作が次々に落選する

2018/01/22 12:19
「私と箸」エッセイ賞、くらしえほんキャンペーンと次々に落選が明らかになりました。
もしかして、とか、ひょっとして、という甘い期待は無残に打ち砕かれていきます。

昨年秋以降に応募したものが、ゆきのまちも含めて16件あります。
そのうち2件が落選ですから、実に 12.5% が討ち死にという計算ですな。
まあ計算するようなものではありません。
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ゆきのまち幻想文学賞は携帯PCで半分書いた

2018/01/21 16:00
ゆきのまち幻想文学賞応募作品は、ほぼ【HP】Jornada720 で書きました。
最終的な仕上げはノートPCでしたが、 Jornada720 で書き始めて半分近く進めたのです。

あの小さなPCのキーボードでチマチマと物語をつむいでいくのは、チビた鉛筆、そう、たとえば昔の手帳の背表紙の隙間に挿す様な鉛筆をなめなめ、手帳に書き付けているような感じですね。

ストーリーそのものは急に思いついたものではなく、何年か前から温めていたものです。
さて、入選くらいはするかしら?

こういうのを極めて甘い見通しといいます。


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ゆきのまち幻想文学賞を書き直しました

2018/01/20 17:28
昨日のブログで、ゆきのまち幻想文学賞に、ある天体で水平線(地平線)までの距離を計算するハナシを書いたのですが。
その計算を使うハナシはボツにしました。

ボツにした理由は、以下の二つです。
(1)人が死ぬハナシなので書いていて気が進まなくなった
(2)某SF小説に似すぎていた

宇宙に振る雪のハナシは目新しいかなとも思ったのですが、科学的な説明もできませんでしたし。
まずは失敗でしたが、応募する作品は一日で書き上げました。



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水平線までの距離を求める

2018/01/19 12:30
ゆきのまち幻想文学賞を書いていて、水平線までの距離が必要になりました。
地球上で、波打ち際に目の高さが170cmの人間が立ったら、だいたい4,5kmとは覚えていましたが。
もっと小さい天体ではどうなるか?

三平方の定理(ピタゴラスの定理)で求められるのですが(詳細は省きます)、桁が大きくなるので間違えないように計算します。
水平線までの距離を d として、目の高さを a として、天体の半径を r とした場合。

(r+a) の2乗は、r の2乗と d の2乗の和に等しいので、
d=(r+a) の2乗から r の2乗 を引いた差の平方根、ということです。
これをさらに簡単に書くと、axrx2 と a の2乗の和の平方根ということです。

天体の半径はだいたい「km」で記述されているので、千倍してメートルに合せれば簡単に計算できました。

半径が1737kmの天体で、目の高さが170cmの人物が見ている地平線は、約2,4km 先です。
ちなみに目の高さが10センチ違うことで、地平線までの距離は100mくらい違ってくる計算です。

さて、最初に「水平線までの距離」と書いたのに、ある半径1737kmの天体では「地平線」と書いています。
その天体には海がない、もしくは登場人物は内陸の平原にいることが分かりますね。
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その他同様3通の扱いでした

2018/01/18 18:52
昨年、新聞のテレビ番組感想欄に、あるドラマについて投稿しました。
そして先日、そのドラマのタイトルが掲載されていたのですが。
投稿者は別の方でした。
カッコして、「同様他3通」と記載があり、ハンサムで上品な中年紳士の投稿は「その他」に分類されたことを知りました。

常盤貴子の演技がよかった、という評価眼に狂いはなかったです。


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プロミスエッセイ大賞に応募しました

2018/01/17 17:22
昨年の受賞作を見ると、非常に感動的な物語ばかりでした。
ぼんやりと毎日暮らしているハンサムで上品な中年紳士にはできない約束ばかりです。

今年も落選決定ですな。

まあ気を取り直して、ゆきのまち幻想文学賞を書きましょうか。
締め切り3日前ですが…。
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司馬遼太郎作品の心に残るシーンコンクールに応募

2018/01/16 12:21
司馬遼太郎作品の心に残るシーンコンクールに応募しました。
300文字という短い中で司馬遼太郎作品についてだけでなく、近江(滋賀)の魅力にも触れなければいけません。
というよりは近江に関するネタのほうが重要なのかも。
その辺をちょっと外してしまいました。もうひと言、近江について書けばよかったな、と応募してから気がつきました。

いつもながら、気づくのが遅いです。
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敗者復活(元永知宏)

2018/01/15 12:17
ドラフトで1位指名されながら、期待通りの活躍ができなかった選手のその後、を追いかけた本です。「その後」とは言っても、プロ野球選手とは違った形で生きるすべを見いだせた人の「その後」です。

「その後」が、どうにもならなかった元選手もいたことでしょう。そういう人の不幸を覗き見するような悪趣味な本ではありません。
本書はあくまでも「敗者復活」ですから、その後の道を見いだせた7人を取り上げています。
まあ、思った通り知らない名前が並んでいましたが。

「その後」の人生は様々ですが、野球選手というモノのあり方を問う意見を述べる方もいらっしゃいました。
ここでいう「野球選手」とは、プロだけでなく、その予備軍ともいえる高校生や中学生の野球部員たちをもさしています。
とりわけ高校野球の強豪校で、野球さえやっていればヨイというような教育をしているのは問題だ、と指摘しています。あくまでも高校生なのだから、最低限の勉強はさせないといけない、と説いています。
当たり前のことのようですが、それができていないケースがあるのでしょう。基本的な勉強をする力というものがないと、野球で立ちゆかなくなったときに、新たな仕事や生き方を見つけることが困難になるという指摘は、学校やスポーツ教育関係者によく考えて欲しいと思います。

また、甲子園に出るような強豪校ほどでなくとも、野球をはじめとした運動部を頑張っていた生徒は就職で有利という風潮も今後は考えなくてはいけません。
経済や企業の成長が順調な時代なら定期的に正社員を採用する会社が多かった。しかし昨今のように、非正規雇用が増えてくると、スポーツマンだからといって就職に有利ということは段々少なくなっていくのではないでしょうか。

学校スポーツでもプロでもありがちなこととして、指導者のいうことを素直に、素直というよりも無批判に盲目的に受け入れて従う選手がよいという風潮も変えなくてはいけない、という指摘もありました。
自分で考えて練習できる選手、それを認めることができる指導者という環境が課題であるというのですね。
スポーツだけでなく、色々な分野に当てはまるように感じました。


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子どもが見ていた

2018/01/14 11:41
某レストランでカツカレーを食べたとき、隣の席に親子連れが座っていました。
30代と思われる夫婦と1歳半くらいの坊やの三人家族です。

その坊やが、どういうワケだか私のほうを見るのですね。
子どもらしい、眉根にちょっとしわを寄せた顔で、じっと見ています。
時々、目が合っても視線を外したりしないのがいかにも子どもらしいです。
こちらも慈愛に満ちた微笑と眼差しを送り返しました。

子どもは純真ですから、ハンサムで上品な中年紳士の品位や気高さが分かるのでしょう。
もしかしたら、警戒していたのかも知れませんが。



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行列するなら食べないほうがマシ

2018/01/13 16:51
某レストランのカツカレーについてグダグダと書いてしまいました。
そんなに美味しいカレーが食べたければ、評判のお店を調べていけばヨイ、というご意見もありましょう。
ですが、そういうお店は昼時になると行列が出来ていたりします。
並んで待ってまで、ぜひともどうしてもそこで食べたい、という気持ちはありません。
待ってもせいぜい、1〜2組くらいまでか。

行列するなら一食くらい抜いたほうが清々しい。


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某レストランのカツカレーはそれほどでもなし

2018/01/12 12:16
カレーを食べたくなったので、札幌大通地下街の某レストランへ行きました。
普段は、とある安ホテルの食堂で食べていたのですが、ちょっと気分を変えたのです。
安ホテルの食堂よりも400円くらい高いのですが。
その分、味が美味しいのかというと、よく分かりません。これは料理のせいというよりも、自分の味覚のせいでしょう。

費用対効果については、安ホテルは400円も安いのにサラダとコーヒーまでついていたのに、某レストランはカツカレーのみ。
そこを出てから、向かいの甘木カフェにもカツカレーがあることに気づきました。
コーヒーとサラダがついて、某レストランよりも50円くらい安い!

こういうのを行き当たりばったりの失敗といいます。
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遺書。(養老孟司)

2018/01/11 12:38
以前、小学生くらいの子どもが「意味が分からない」というのが非常に不快でした。
子どもに限らず、現代人はよく、「意味」という単語を発します。
「意味が分からない」「意味不明」等々。
しかもこの発言は、「私には理解できません」という告白ではありません。「自分に分からないことがあるのは許せない」、という断罪に近いものを感じます。
自分に理解力がないことを棚にあげて、理解できない事象に対して批判だけを発するのですね。

こういう批判はどこから出てくるのか? と、ずっと考えていました。
その答えが見つかった気がしたのが、本書、養老孟司の「遺言。」です。
「遺言。」と、句点がついています。「意味」は分かりません。(^_^;

こうした批判−「意味が分からない」−という発言は、二つの誤謬によって生じる。
ひとつは、何事にも意味がある、という思い込み。
もうひとつは、その意味が自分には必ず分かるはずだ、という思い込み。

物事には何でも意味がある、と思ってはいけないのです。
突き詰めて考えれば、世界が存在する意味だって分からない。
仮に何か意味があったとして、それを理解できるとは限らない。
自分に理解できないということが許せない、受け入れられないという気持ち。
それが「意味が分からない」という批判となって出てくるのですな。

分からない琴があるのは当たり前、そういう謙虚な心でいなければいけませんな。

他にもたくさんの知見に溢れた一冊です。
新書本によくある、特定のテーマを書いても新書一冊分には足りないので色々と水増ししました、という内容の薄い本ではありません。



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夕食後のLPレコード

2018/01/10 12:17
高校生のころの習慣です。
夕食の後、自室でコーヒーをいれる。
それを飲みながらLPレコード片面を聴く。
それから勉強を始めていました。

夕食後の20〜25分の休憩時間だったのね。
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二十分ってどれくらい?

2018/01/09 18:28
いまだに、20〜25分という時間を聞くと、
「LPレコード片面を聴くくらいの時間だな」
と考えてしまいます。
レコードなんて聴くことは、もうないのですが。
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森博嗣節が全開だった「すべてがFになる」

2018/01/08 15:27
森博嗣の「すべてがFになる」ですが。
最初の作品にして、森博嗣らしさが隅々にまで行き渡っていましたね。
そう、何というか森博嗣の思想があちこちに顔を出していたのです。

主人公の助教授が自説を述べるとき、「ボクは自分の意見を述べているだけ。それを人に認めて欲しいワケではない(理解してくれなくともいいよ)」というスタンスでいるのです。
この論調は、森博嗣がエッセイなどでよく書く言葉です。

自分の意見を述べているだけ、なのですが、相手の意見に耳を傾ける気はなさそうな口調なんですね。
木で鼻をくくったようというか、とりつく島もないというか。

こういう語り口は、自信と論理性と孤高を恐れない胆力がないとできません。
どれかひとつでも欠けると、嫌われ者になって淋しい思いをすることでしょう。
人に嫌われても平気だ、という心境にはなかなかなれないものです。

「他人から褒められないと満足できない人は多い」なんていうのも、森博嗣の近著に書かれていた言葉と同意です。なかなか首尾一貫したぶれない人だと思います。

また、「生まれながらにして、電子空間でコミュニケーションをしていれば、そう(人の顔を見て、人のそばにいて話をしたいと)は思わないだろう」というのは、最近のデジタルネイティブの子ども達が、ツイッターやラインでコミュニケーションをしている様子を思わせ、予言的ですらあります。
もっとも実際に会って遊ぶことにも重きを置く子ども達が多いことを考えたら、まだまだ未発達なのかも知れませんが。




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すべてがFになる(森博嗣)

2018/01/07 17:29
いつもコメントを下さる海さんのブログ、海cafe2でも紹介されている本です。

1996年の作品だから約20年も前の本です。その時代によく、この作品が講談社からでたものだと驚きます。講談社のミステリを扱っている編集部が、よくコンピュータアレルギーを起こさなかったものだ、というのが驚きなのです。これがアスキーあたりからでるなら分かるのですが。

というのも、本作品ではコンピュータ用語が説明もなしに使われているからです。
1996年といえば、インターネットとWindows95が手を取り合って、さほどコンピュータに関心がなかった人たちのそばにやってきたころ、とは言い条。まだまだ、telnetとかUNIXとかスクリプトなどの言葉にはなじみが薄かったのではないでしょうか。
まあ今の時代でも、telnetとかUNIXとかスクリプトとか知らない人は多いでしょうね。スマートフォンの操作しか知らないネットユーザも…、いや、それは脱線になるのでやめましょう。
講談社の編集部は、デジタルリテラシーが高かったのかしら。

物語の内容を書くのは、いかに発表から20年もたった作品とは言い条、エチケットとしてやめておきます。

シカシナガラ。

面白く一気に読んだのですが、読後感はいまいちです。
登場人物があまりに人間離れした才能の持ち主ばかりなので、感情移入ができません。
と、言うよりはむしろ、最初から感情を廃して読んでいたのかも。むしろ当たり前の感情を持たない登場人物設定だったのか。
そのせいか、美少女が探偵役の教授に恋心を抱く場面は、違和感があるばかりか、進行の邪魔になるノイズにしか思えません。

またヘビースモーカーである主人公(助教授)の行動は、読んでいるだけで煙くなりますな。どういういう理由で、そうした設定にしたのか理解に苦しみます。

映画化されているようですが、自分のイメージでは、助教授は篠田三郎かな。
なぜだか分かりませんが、森博嗣というと、篠田三郎の顔を思い浮かべてしまうのです(実際には全然違っているのですが)。助教授と森博嗣はたぶん似た人物という連想なんですね。

四季博士は、綾瀬はるか、で決まり。萌絵は誰かな〜?




※ちなみに買ったのではなく図書館で借りました。


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Jornada720はネットが残念

2018/01/06 00:16
H/P社の Jornada720 を復活させて使っています。
OS は標準の WindowsCE 、2000年当時のシロモノです。
一応、インターネットにも対応しています。
Wikipedia での調べ物も可能です。
ですがイマドキの web サービスには対応できない。
リンク先がたくさんあるブログページも無理みたい。

ネットはメールのチェックくらいでしょうか。
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第5回日本一短い自分史を書きました

2018/01/05 12:16
伊丹市教育委員会が主催する「第5回日本一短い自分史」応募作を書き上げました。
お題は「はじめての挑戦」ということで、意欲的な内容が期待されていたはずです。

出来上がった作品は、完全にそこを外してます。
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Jornada720でもLinuxが使えるそうな

2018/01/04 00:11
H/P社の Jornada720 を復活させて使っています。
もちろん OS は標準の WindowsCE です。

トコロガシカシ。
何気なく web を検索していたら、驚くべきことが!

Jornada720 でも Linux が走るそうです。
とは言い条、Jornada720 は OS を ROM に入ってます。
なので本体に Linux を本体にインストールできません。
CF カードにインストールしてリブートも特殊です。

難しそうなので、手を出す予定はありません。
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大晦日の例の番組

2018/01/03 11:41
毎年、家族につきあう形で視聴せざるを得ないのです。
例の歌番組。
まあ歌手が歌うことはいい。
ビルの屋上でのパフォーマンスなどは圧巻でした。
(安全帯をつけてなかったようだがいいのか?)

問題は、なぜ合間に芸人が騒ぎ立てるのか、です。
見たことも聞いたこともない芸人が出てくる。
意味不明のことを口走る。
うるさいだけです。

昨年は総合司会も芸人なのか、途中で変な扮装をする。
どうも、コントのつもりらしい。
が、まったく笑えない。

家族が風呂に入っている間はテレビを止めました。
その後は交代で風呂に入ったので平和でした。
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H/P社のJornada720を復活させました

2018/01/02 15:02
昨年暮れに、H/P社のJornada720を復活させました。
同じような記事を2014年9月にも書いていましたが、なし崩し的に使わなくなっていたのですな。

今回も、手軽な電子作文のための復活劇なのですが、さていつまで続くことやら。

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年末の風景を思い出して

2018/01/02 15:01
大晦日の夕食は生寿司でした。
当たり前のように書いていますが、北海道の人以外は驚くのかな?
まあ、そういう習慣なんです。

さて、寿司を買いにショッピングセンタまで行きました。
寿司屋以外も、大にぎわいです。
フライドチキンの店もアイスクリームの店も大盛況。
アイスケーキを買う人が多いのでしょう。

人は色々なものを食べるものだ、と感心します。
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新年のご挨拶

2018/01/01 00:26
新しい年を迎え申し上げます。

御慶

とはいっても宝くじが当たったワケじゃありません。
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