指が痛くてギターが弾けません

久々にギターを弾いてみました。
いや、弾いてみた、というよりは弾こうとしてみた、というのが正しいでしょう。指が全然動きません!
ま、当たり前といえば当然ですね。かれこれ1年以上はギターを弾いていなかったのですから。

指が動かないだけではなく、弦を抑える左指がひどく痛いです。
スライドさせる奏法が特にツライ!

こういう風に、久方ぶりにギターを弾こうとするときは、無闇に楽譜を引っ張り出すよりも教則本に当たってみるのがいいようです。
そういう時、頼りになるのがこの一冊。

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「究極のアコギ練習帳」(野村大介)は、ソロギターにもバッキングにも対応しているので、アコースティックギターを満遍なく練習するのにぴったりの一冊であります。
長い間、ギターを弾いてなかった時は、最初に出てくるGのスケール練習で指のストレッチとピッキング両方のリハビリテーションができます。そう、指弾きとピック弾きそれぞれ用の練習曲が用意されているのもうれしいところです。



こんなに役に立つ本なのに、ブックオフで買ってしまった。
著者の野村氏には申し訳ないです。

「首っ玉亡霊」という怪談話を分析してみる

紅顔の美少年を襲った怪談話、「首っ玉亡霊」は都市伝説のお約束をきっちりと踏まえています。

まず、ハナシの出所。
隣町の小学生がわざわざ伝えにやってきたのです。
「首っ玉亡霊」を信じないことは、その労力を無にするワケです。それは申し訳ないですよ。
しかも「友達のお兄さん」から聞いたハナシです。
「首っ玉亡霊」を信じないことは、その友達だけでなく、そのお兄さんも信じないことを意味します。

ウワサを伝えに来た本人の兄ではなく、その友達の兄という直接的でないこともポイントですね。
否定しようにも、当人がいないのだから反論もできない。
しかも「お兄さん」が絡んで来ると、ますます否定や反論がしにくい。
歳上の人間、つまり先輩(と言っても、せいぜい5歳かそこら年長なだけのガキンチョなんですが)に逆らいにくい我が国の儒教的道徳観の弱点をついています。

いやでも信じざるを得ない、というトコロに追い込まれます。

シカシナガラ。
安心材料もあります。
「首っ玉亡霊」が現れても、恐れることはない、心配はない。
『勉強しているから後で』と断ればダイジョーブ!なのです。
こうした保険がかかっているのが、怪談話の常道であり、都市伝説の肝を踏まえているのです。
ドラキュラにはニンニクや十字架、狼男には銀の弾丸。
銀の弾丸なんてどこで手に入るのか、という心配もありますが、幸いなことに日本では狼男が出没するという都市伝説はありません(送り狼男は出るけどね)。

トコロデ。
『勉強しているから後で』という断り文句、これは本当に勉強はしていなくてよかったのだろうか?
もし、勉強しているというのがウソだったら、窓を突き破って「首っ玉亡霊」が飛び込んで来るぞ、という設定だったらどうだろう。
勉強させようという親や教師の陰謀だと思われたりして。

ちなみにこの噂話、当時の田舎の小学校でも問題になったようです。
ホームルームの時間に担任の先生が、
「お化けのハナシがウワサになっているが、あんなのウソだから」と言ってました。
先生が否定しないといけないくらい、信じている生徒が多かったんでしょうね。

首っ玉亡霊

小学生4年生のころ、実にオソロシイ恐怖の噂話に見舞われました。
将来はハンサムで上品な中年紳士になる紅顔の美少年が遊んでいると、級友のひとりが見知らぬ少年を連れてやってきました。見知らぬ少年は隣町の小学生で、恐るべき情報を携えてやってきたというのです。

その情報とは。

「首っ玉亡霊」というお化けがこの町に近づいている。隣町のさらに隣町では、「首っ玉亡霊」に襲われて死んだ子どもがいるというのです。
「首っ玉亡霊」とは、文字通り首だけのお化け。
首だけが空中を飛びまわり、子どもがいる家にやって来る。
そして窓の外から、
「遊ぼう~」と呼びかけるのだそうです。

呼びかけられた子どもが窓を開けると、亡霊はその子の首に噛みついて首を噛み千切る。
首を噛み千切られた子どもも、「首っ玉亡霊」になる、というのです。

どうです、怖いでしょう!
あまり怖くないかな、語り口が怪談っぽくないもんなあ……。


そのお化けについて、詳細な情報はありませんでした。
男の生首なのか、女の生首なのか。大人の生首なのか、子どもの生首なのか。そういった具体的な情報は一切なし。

ただ、紅顔の美少年を含めた子どもたちの頭には、訳も分からない恐ろし気な「首っ玉亡霊」のイメージが広がり、恐怖のあまりパニックを起こして泣いて家に逃げ帰る子どもも続出しました。

一応、「そんなのウソだろう!」と反論はしましたよ。
これは反論というよりは、「どうかウソであってほしい」「ウソだといってくれ」という希望のようなものです。
しかし、隣町から来た子は、「ウソではない」と断言しました。
「友達のお兄さんから聞いたハナシだから間違いない」と押さなくても太鼓判まで押してくれたのです。

翌日、学校は「首っ玉亡霊」の噂話でもちきりでした。
中には、部屋の窓の外から「遊ぼう~」という声がしたのでオシッコ漏らしたという強者もいました。
ま、それはいたずらな同級生が銭湯の帰りにふざけて声をかけたらしいのですが。

ちなみに、「首っ玉亡霊」の害を回避するには、
「遊ぼう~」と誘われた際に、
「勉強しているからあとで」と断るとダイジョウブ、というお墨付きまでありました。
もっとも断り文句が功を奏したのかどうか、首を食い千切られた子どもはいませんでしたけどね。


このウワサ、日本現代怪異事典(朝里樹)には載っていませんでした。
田舎の噂話だったから見過ごされたのかな?

Windows10で画面を切り取る

パソコン画面のハードコピーを取るとき、これまでは以下の手順でした。

(1)プリントスクリーンキーを押す→ディスプレイ表示がコピーされる
(2)画像ソフトを開いて、コピーしたディスプレイ表示を貼り付ける
(3)必要な部分を切り抜く
(4)ファイル名をつけて保存、またはメールに貼り付けて送信したりエクセルのシートに貼り付ける

Windows10では、もっと簡単な手順で画面のハードコピーが取れることがわかりました。
ショートカットキーがあるのですね。

Shift+Windowsキー+S、です。
念のために書いておくと、シフトキーとウィンドウズキーを押しながら「S」キーを押す、という意味です。

(1)Shift+Windowsキー+Sを押す
(2)画面が半透明の白い膜で覆われたようになり、カーソルが十文字に代わる
(3)左クリックしながらカーソルを移動させる→範囲が選択される
(4)左クリックを解除すると選択終了
(5)メールやエクセル、ワードなどで貼り付ける

実に簡単な操作です!
エクセルのシートを送るよりも、表の必要な部分だけを画像で切り取りして送るなどいろいろと使えます。

日本現代怪異事典(朝里樹)

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「事典」を名乗るのに相応しい労作だと思います。雑誌や書籍、口コミで伝わっている怪異譚を集めて紹介するだけでなく、怪異の起きた地域や場所、危害を加える怪異なら使用される凶器などで索引を作る熱意には頭が下がります。

怪異の出どころは学校や子どもたちの口コミが多いようです。
そして子どもにウケる怪異には、共通の特徴があります。
(1)怪異が発生する条件が厳しい
特定の日時(4月4日の4時44分など)に特定の行為(学校のパソコンを起動する、合わせ鏡をのぞくなど)をした場合に怪異が起きる
(2)怪異に遭遇した場合の回避方法がある
呪文を唱えるなど

これにより、怪異は本当にあるけど、気を付けていれば遭遇しない。万が一遭遇してもダイジョウブ、これこれこういう風にすれば助かる、という逃げ道が確保される。
子どもにしてみれば、安心して怪異を楽しむことができるのですね。

もちろん、中には突然現れる怪異もあれば、回避策がない怪異もあるようですが。
しかし実際には、怪異に遭遇するよりも不慮の交通事故や不審者による被害、家庭内での虐待、教師の体罰、クラスでのイジメにあう確率のほうがはるかに高いのですね、残念なことなのですが。

口裂け女だとか、AIババアだとか、ミイラ男だとかハンサムで上品な中年紳士だとかで怖がっていられるのは、幸せなことなのでしょう。


ワイヤレスヘッドフォンを考えていたこともあります

大学生だったころ、---1980年の前半頃ですが---ワイヤレスのヘッドフォンが欲しいと思ったことがあります。
なぜか?
ステレオにヘッドフォンを繋いで音楽を聴いているとき、コーヒーを入れるとかトイレに行くとか本を探しに行くとかで椅子から立ち上がっても、音楽を中断したくなかったからです。
当時のヘッドフォンは有線ですから、当然コードの長さの範囲でしか行動できません。しかも動きによってはコードが絡んだりすることもありました。
「ワイヤレスのヘッドフォンがあれば!」と強く思ったものです。

子どものころ、ちょっとだけ電子工作をかじったことがあったので、ステレオのヘッドフォンプラグにFM送信機のようなものを取り付け、ヘッドフォン側に受信機を用意すればいいかな、と見当はつけていました。電子工作雑誌を探せば、それなりのものはあったでしょう。

トコロガシカシ。
友人に話してみると、「そんなものはいらないだろう」とケンモホロロな回答。
いらない理由としては、
(1)音楽を聴くなら聴く、それ以外のことをするなら潔く中断せよ
(2)ヘッドフォンをワイヤレス化するよりも携帯式の音楽カセットプレイヤを買ったほうが早い
というものでした。

ナルホド。
その友人は今では大学教授になっています。さすがの見識と眼力ですな。

シカシナガラ。
あの時、ワイヤレスヘッドフォンを開発して商品化していれば、今頃はワイヤレスヘッドフォンの老舗メーカーの創業者兼CEO兼セールスマン兼会計係兼雑用係兼受付嬢(女装)兼配送係くらいにはなれていたかも。
ご存じのように、今ではヘッドフォンはワイヤレスが当たり前の世の中ですからね。
さすがの未来の大学教授も、携帯式音楽プレイヤにワイヤレスヘッドフォンをつなぐとは夢想だにしなかったのでしょう。

ハンサムで上品な中年紳士となるはずだった二枚目の大学生も、もちろん気づいていませんでした。

「読者の声」に対する「読者の声」

先日、自宅に封書が届きました。差出人を見ると、まったく未知の人物です。こちらの宛名を筆で書いているところを見ると、高齢者のようです。差出人の住所氏名がハンコで押されているところも、高齢者による合理化の跡が感じられました。

まったく知らない人からの手紙なので、多少は気味の悪い感じもありましたが、とりあえず開封してみました。
中には便せんが一枚。
先日、某日新聞に掲載された投稿文へのご意見、という風でした。

ただ「ご意見」にしては、投稿文を書き写しただけの部分が多く、賛同するとも反対するとも書かれてはいません。最後までよくよく読むと、某評論家の体験談を引き合いにし、かつご自分の考えも述べられていました。

手紙は、「晴れた日には〇×山がよく見えます」と結ばれておりました。
どうやら趣旨にご賛同いただいたようです。感情的な反論や、反論にもならない言いがかりだったら面倒だな、と心配していたので、まあひと安心ではあります。

ただ、何故にわざわざ82円の郵便代をかけてまで手紙を出したのか、がよくわかりません。肉筆の手紙に具体的な出費(わずか82円の切手代だとしても)と手間暇をかけて、「読者の声」への「読者の声」を届けようとする熱意は謎です。

まあこのブログもそういう性質かもしれませんし、新聞の読者の声への投稿も同じようなものなのか。

何やら、清水義範の「発言者たち」を思い出してしまいました。